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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

神なる存在、神仏のこと、こうした存在を科学的に解説するという発想は魔界を広がらせる可能性があるのです。

科学というのは帰納法がその原点である、という説明をされることがあるようです。帰納法とは、いろいろな現実的な現象をいくつも集めてきて、それらの事柄に共通して付随する出来事や法則を見い出し、そうした法則性に基づいて仮説を立てて、その仮説を検証することで科学的根拠が固められていく、このように使われるようですね。

私たちが神仏に臨む時も、同じように、どのように祈れば神様が動いてくれるのか、失敗した時は何が原因でうまくいかなかったのか、そうした経験を積み重ねていくことは大切になりますが、それは神仏の存在を知的に把握したいからではありません。神様や仏様に動いていただいて、奇跡が起きるのを見聞きするのが嬉しいからです。

そして、神様仏様の存在というのは当然のことであり、科学的に証明されようがされまいが、自然にお祈りしてしまう、というのが本当の信仰なのです。

神様の存在が科学的に証明されない限り神様のことは認めない、という姿勢は、人知を過剰に信頼し過ぎていることから来ているのでしょう。そういう姿勢は、霊界物語に描かれているという内容によると、「自分の親に向かって、あなたが私の親だということが科学的に証明されない限り、あなたを親として敬うことはいたしません」というのと同じだということです。

冷静に考えれば、宇宙の全て、自然界の全て、あらゆる生き物達を創り出した神様という存在を人知で説明できるわけなどないと分かりそうなものですが、本気で科学で証明できないものは信じないのだ、という態度の人もいらっしゃいますね。

信仰とは、親子が自然に交流して、理屈抜きに子は親を敬い親は子を慈しんで、というのと同じで、理屈抜きに神を慕い、神はそうした人の想いによって守護と神徳を授けて下さるもの、こういうことだと思います。

科学的に証明されない限り神仏のことなど信じない、というのは、無自覚ながらも傲慢なのだ、ということでしょうね。

神様というのは知的に理解する対象ではないのです。お慕いして、御用にお仕えしたいと思う対象であって、その結果こちらの想いにちゃんと報いて下さる、そのような存在なのです。それを、知的に説明できると考えること、そのように教えることは、嘘を教えていることに他なりません。だから魔界が広がることになるのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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