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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

これまで六回連続で「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)を紹介してきました。英会話ができるようになるためには、単語を覚え、文法を覚えることが必要です。そのためには、たくさん英文を読みましょう。そして、努力を継続することが必要です。こういう結論になっています。まさに「学問に王道なし」という言葉そのままの結論が書かれていたのです。

今回は最終章である第十五章をご紹介して、この話題を終わりたいと思います。

外国語を学ぶことは、この言葉が使用される国や地域の文化をも学ぶことにつながる、という主張が展開されています。

本文中では以下のように述べられています。

「英語に限らず、どのような外国語を学習するにしても、言語に潜む文化を無視しては、外国語を学ぶことにはなりません。~目に見えない深い部分に根ざしている価値観や信条など、本人も気づかないまま身についている文化です。~しかも文化は言語にも深く関わっていて、切り離すことができません。人間は誰もが母語を持っていて、母語が持つ世界観に支配されています。すると、自分が意識せずに持っている価値観とは異なる価値観を持った言語を学習する際に、衝突や葛藤を起こすことがあります。~それゆえ、外国語を学ぶことは、おおげさに言えば『未知の世界に遭遇すること』で、これまでの自分が知らなかった『異質性と格闘する』ことを意味します。」

ある言葉が使用されている地域や社会の価値観は文化という形で確立しひとまとまりになっているわけですが、外国語を学ぶ際には、そうした文化がその外国語の端々ににじみ出ていることを無視することはできません。その社会の言語は、その社会におけるものの考え方と切っても切れない関係にあるからです。

ですから、ある外国語を学ぶ際には、自分が学ぶ言語がもたらす価値観に即して自分の頭を切り換える必要が出てきます。この切り換えがうまくできない人は、外国語を学ぶことにどうやら抵抗を感じるようになるようです。

そして次に、外国語の学習を一人でやるべきなのか、それとも集団でやるほうが良いのか、という話題が提示されます。

「英語学習というのは、一人でやった方が効率的なのか、仲間と一緒に練習した方が良いのか、ということです。~最近は、言語学習には自ら学ぶ自律性が不可欠なことが判明し、これに矛盾しているようですが、グループで学ぶ共同学習という方法が成果をあげるとも言われています。~同じ目的を持った仲間と切磋琢磨しながら共に学ぶことは大切ですし、それは外国語教育でも有効です。ただ、それだけで良いのか、というと、そうとも言いきれないのが難しいところです。なぜなら、外国語学習が『異質性との格闘』だとすると、慣れ親しんだ仲間と居心地よく楽しく学ぶことで『異質性との対応』という部分が可能になるのか、という疑問が出てもおかしくないからです。」

仲間同士で適当なところで折り合いを見つけて終えるという学習や練習を繰り返しているうちに、心地良く感じられる内容だけに取り組みがちになったり、葛藤しないで済む練習ばかりに偏ってしまうようなことも少なくないのではないでしょうか。こうなってくると、本来の趣旨から外れ、目的を達することが危うくなってきます。すなわち、「異質な世界と対峙して意思疎通を図る」という目的を忘れて、自己満足に陥ってしまうのです。

これに対して、本文では、「自律性が決め手」だとして、以下のように述べています。

「仲間と学んでいるうちに、ナアナアになってしまうのでは、異質性とぶつかることになる実際のコミュニケーションで英語を使えるようになりません。そうならないために必要なのは『自律性』です。自分をしっかり持って、自主的に学ぶことです。~外国語は、自らが学ぶ意欲を持って主体的に取り組まなければ成果が出ない、というのは、外国語が基本的に『未知』であり『異質』であることが大きく関わっているからです。」

そしてさらに、次のように続きます。

「外国語学習に自律性が欠かせないのは、言語というのは生涯かけて継続して学ぶものだからです。母語である日本語だって、およそのことは分かって日々使っていても、知らない単語はいくらもあり、言葉遣いを間違えることも多々あり、毎日が学びです。母語でさえそうなのですから、文化や社会を異にする外国語を学ぶとなったら、学びは一生続きます。~ここで必要なのが『自律性』です。一人でも学びを継続できる力。英語学習の成否を決めるのは『自律した学習者になること』です。」

※自律性=自分の立てた規律に従って自らを規制しながら行動するありさま。

「よく考えてみれば、人生すべて『自律性』でしょう。他人と協調しなければ社会で生きていくことはできませんが、同時に、自らを律し、主体的に生きることも不可欠です。仲間と協働することを決めるのは自分なのですから、まずは自律性が肝要だともいえます。そういう視点から考えると、英語を学ぶことは、人生を学ぶことにつながるわけで、一生をかける価値があると分かります。」

ということで、最終章の最後は次の文章で締めくくられて、本文は終わりとなります。

「『自律した学習者』として、常に新たな出会いを求め、自らの進む道を切り拓くことが、英語学習です。英語を学ぶことが自分にとってどのような意味を持つのかを考え、自律的に、地道に、着実に、学習を継続したいものです。」

外国語というのは、自らを律して、一生をかけて、主体的に学んでいくものなのだ、という結論だったのでした。要するに、外国語をお手軽にしゃべれるようになる方法など無い、ということですね。

単語の暗記をするのがいやだったり、文法を勉強するのがいやで、それでも英語でしゃべれたらかっこいいかなあ、なんていう考えを持っていた人にとってはありきたりな結論になってしまっていますが、別の見方をすれば「英会話のできる人になりたいと思ってこの本を読み始めたところ、結果として英語の習得方法を学ぶことを通して、ものを学ぶ時の心構えやものを習得する時のコツ、これらを知る良い機会になった」と考えることもできるのではないでしょうか。

ここで述べられている「外国語を学ぶ時の姿勢」というのは、一人ひとりが自分の人生を生きていく時のあり方に通じるものがあると私には感じられました。私達会員にとってみれば、そのまま御神業に取り組む時の姿勢とでも言えそうです。

ものごとを学んで習得し体得しようとする時のあり方は、取り組む対象が何であれ、結局は同じ答えに落ち着く、ということではないでしょうか。一人ひとりが「自律的に、地道に、着実に、学び続けていく」ことで、信仰の道もまた必ず成就される時がやってくるのではないでしょうか。

(つづく)

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