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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

前回まで五回連続で「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)を紹介しています。英会話ができるようになるためには、単語を覚え、文法を覚えることが必要です。そのためには、たくさん英文を読みましょう。要するにこういうことだったのです。

六回目の今回でできれば最後まで概観してまとめてしまいたいと思うのですが、外国語、まあ今回の話では英語ですが、語学を学ぶことにほとんど興味がないという方もいらっしゃると思います。そこでまず、英語ができることでもたらされる「有利さ」とは何か、この点について、確認しておきたいと思います。

本文中では以下のように述べられています。

「英語力があれば検索する対象の情報量が倍増します。英語で検索して得ることのできる情報の質と量は、日本語だけで得た情報とは比較にならないほどです。~それだけではなく、英語力があれば、玉石混交の情報の山から必要な知識を取り出すことを可能にする理解力と批判力(critical thinking)が備わります。英語格差を超えることは情報格差を超えることになるわけです。」

実際に読んで比較してみれば分かりますが、ウィキペディアなどでも、日本語版と英語版とでは内容の質と量に大きな違いがある項目が存在します。これは一目で判別することができます。英文が読めないままでは、日本語版と英語版を比較した時の情報の質の差異を実感することがなかなかできないのではないかと思われます。つまり、自分がどれだけの情報にアクセスできないのか、はっきりと自覚することが難しいのです。明らかに情報格差が生じているのにも関わらずです。

この英語ができるかできないかで生じる情報格差について、別の本からご紹介しておきましょう。

「情報の強者」(伊藤洋一、2016)では、以下のように述べられています。

「発信する母体が大きいということは、その言語が持つ情報発信力が高いということでもあるが、英語が事実上の世界共通語として通用している点も重要だ。世界でもっとも影響力のあるアメリカをはじめ、世界の多くの国がこの言語を使っているだけでなく、国際的なコミュニケーション・ツールとして普及しているということだ。~英語はこれを公用語とする国だけでなく、多くの国や企業が公式の発信言語としてこれを使用している。だからこそ、英語の情報源に触れることで飛躍的に情報量が増える。さらに言えば、大統領など各国政府の要人の発言や、国際会議の発表は、原語を参照した方がいいケースが多い。」

さて、「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)に話を戻して、仕事上で英語を使用する場合について書かれた部分を見てみます。多くの職種に共通することとして以下のように述べられています。

「Eメールに対応するため、英語を書く力が必要だ」
「英語でプレゼンテーションを行い、議事録も英文で作成した経験から、『英会話以上に英作文力が必要である』と結論づけています。」

英会話の能力よりも、書かれたものをちゃんと読み取って、またちゃんと書いて返答する能力、あるいは英文で他人が読んで理解できる書類を作成する能力、こうした能力のほうが重視されているようです。

そして、自分にとってどのような英語が必要なのか、この点を明確にすることが必要だとして以下のように述べています。

「まずは自分の得意分野、専門とすること、話したい内容をもつことです。次に、自分の人生にとって、自分の仕事にとって、どのような英語が必要かを見極めることです。~海外に駐在している企業人の中には、現地での商談相手はほとんどが非ネイティヴ・スピーカーであることから、発音はお互いさまで、あまり気にしない。それより、交渉し契約書を交わすので、読み書きがきちんとできないことには仕事にならない、という理由から読み書き重視派が大勢います。漫然と『英語が話せるようになりたいなあ』と願っているだけでは英語ができるようにはなりません。まずは、どんな英語を自分が必要としているかを考えて目標を決めます。」

「英語学習の成否を決めるのは、自ら意欲的に未知と出会い、緊張感を持って努力を継続できるかということです。それができるような力は、英語が専門であろうと別の分野での仕事であろうと、どのような場でも必ず生きるはずだと、英語を駆使するさまざまな人びとを見て、確信しています。」

ということで、学ぶ対象が英語であったとしても、結局は「ものを学び習得する」ことに変わりはないのであって、学ぶ主体である本人の努力次第であるという、これもまた至極当然な結論に至ったのでありました。

最終章である第十五章をご紹介できませんでしたので、残りは次回に。

(つづく)

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