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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日、知人と、そのまた知人といった感じの人達とあわせて4人でお茶しながら話をした際に、霊能者と占い師の区別がつきにくいんだなあということに気がつきました。それだけわけのわからない自称や他称の占い師がいるということなのでしょう。

普通の占い師がどういう人なのかというと、自力で勉強して誕生日とか手相とかの良し悪しを自力で判断できるようになった人のことですから、霊能者とは呼べないですね。ところが区別がつかないということですから、霊能力で占いをやってみせる占い師というか霊能者みたいな人がどうやら存在するようなのです。

それでは霊能者とはどういう存在なのかというと、深見東州先生の著作「大除霊」には以下のように記されています。

(以下引用)
-------------------------
 霊媒体質の人の話が出たので、霊との交流ができる霊能者についても簡単にふれておこう

 絶えず、霊と闘おう、闘おうと考えたがるのが中途半端に霊能の開けた人、または霊能力を多少身につけた霊能者の悲しい運命である。霊能力とは、もちろん、神力あるいは現実界の実力を身につけていれば、神や常識に知らされて、正しく霊に対する向かい方もわかってくるものだが、何事も中途半端な人間は、いったん霊がわかりだすと、そこから抜けきるのが難しくなる。しかし、これはある意味では無理のないことなのだ。なにしろ霊が見えたり霊の声が聞こえたりするのだから、霊を払いのけようと試みるのは、当然なのである。

 だが、ここで注意しなくてはならないことがある。それは、あらゆる機会にに美しいものを見、美しい世界を想い浮かべることを忘れてはならないことだ。

 霊能者は、いうまでもなく霊との闘いの日々に明け暮れている。地獄界を這いずり回る低級霊たちを相手に、毎日毎日闘っているのである。

 その低級霊たちの姿かたちがどのようなものであるか、想像していただきたい。二目と見られぬ……という程度のものではない。目が飛び出し、鼻がつぶれているのはまだましな方で、両手両足が存在しないにもかかわらず、元気にはね回ってみせる恐るべき力、奇怪な声や汚らしい化け物の姿や衣に、ゲジゲジや百足やウジ虫やクモなどが、ウヨウヨとこびりついている。さらには、人間の姿をとどめず、大蛇の姿となり、ツノや牙を生やして体中から異様な臭気を発散させる。醜悪そのものといった姿であり、とても正視に耐えるものではない。ウルトラマンに出てくる怪獣のほうが、よほど美男、美女であるという気がする。

 そんな気持ち悪い姿を毎日毎日見ていたらどうなるか。誰だって目つきが悪くなるのに決まっている。

 実はこれが、霊能者の目つきや人相の悪い理由なのである。霊能者は、よくサングラスをかけているが、霊能者で目もとが涼しく、人相がすがすがしいという人をあまり見たことがない。いるとするならば、深見東州ぐらいだ。これはいいすぎだ。謙虚さがない。だから、たとえ慈悲の心で救いを求める人たちと対応していても、たえず地獄の有り様を見ていると、どうしても目つきや人相が悪くなるのである。

 それは、警察官には目つきや人相のよくない人が多いという理由と同じである。

 警察官の仕事はいうまでもなく、犯罪者を取り締まることである。その犯罪者が例えば必死で逃げていく。その後を警察官が追いかける。そのときの警察官は、犯罪者とほとんど同じく血走って、実に怖い目つきをしている。それを、笑いながら、追いかけている人はまずいない。

 もちろん警察官は善なる人であるのだが、扱っている仕事上、どうしてもそういう目つきにならざるを得ないのだ。ごくろうさまですと、申し上げるほかはない。

 しかし、目つきや人相が悪くなるだけならまだたいした問題ではない。他人にあまりにいい印象を与えないというだけだ。それより大きな問題は、想念までが悪くなってしまうことなのである。

 醜いもの、汚いものをいつも見ていると、いつしか心まで醜くなるのが人間の常である。低級霊たちの姿を毎日見ている霊能者の心に、必ずゆがみが生じてくるのももっともな話だ。

 この点が霊界だけしか見えない霊能者の落とし穴なのである。神界の入口にも入り、現実界でも立派に生きようとするのなら、まず、その霊視、霊眼、天眼というものが、出したり、ひっこめたりできて、いつでも霊界が見えているという状態をなくせるようにしなければならない。

 そうでなければ、それは霊能力にふり回されているのであり、霊能力を使うのではなくて、使われているということになる。霊能力が一切なくなってもぜんぜん平気で、普通の現実界の人としても、人々が尊敬できるような立派な行いと人間性をもつことができて、はじめて、神界とともに生きる人となることができるのだ。ではこの霊界を見すぎる目をどうすればいいのか。

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(引用ここまで)(「大除霊」、p.130)

「霊能力が一切なくなってもぜんぜん平気で、普通の現実界の人としても、人々が尊敬できるような立派な行いと人間性をもつことができて、はじめて、神界とともに生きる人となることができるのだ。」とある通り、実は、霊能力を持つことがすばらしいとは一言も書かれていないのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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