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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

中東戦争の結果、パレスチナに居住していたイスラム教徒たちが追い出されることになり、「パレスチナ難民」が発生することになりました。パレスチナ人は、1964(昭和39)年パレスチナ解放機構(Palestine Liberation Organization)という組織を設立し、話し合いによって「イスラエルの建国によって生じた諸問題」を解決しようとします。

ところが、1969(昭和44)年、ヤセル・アラファトがPLOの指導者に就任した時から、組織は一変し、「武力を行使してもパレスチナの土地を奪還する」という方針に転換します。この時からPLOは「反イスラエル」のテロを世界中で始めるようになります。

しかしその後、1993年9月13日にオスロ協定が調印されます。イスラエルとPLOとの間で、パレスチナ人の暫定自治の原則が宣言されたのです。結果として、パレスチナ人が多数居住しているヨルダン川西岸地区(いわゆるウエストバンク)とガザ地区(地中海側の帯状の地域)を暫定的に自治区として認め、自治が承認されたのです。

この協定に調印したのは、イスラエル側の代表であったラビン首相とPLO側の代表であったアラファト議長でした。イスラエルのラビン首相は、2年後にテルアビブでカハネ主義者(人種差別主義の一種。ユダヤ民族が最も優れた民族だと考える主義のこと。)のイガール・アミルに射殺されます。アラファトは2004年、ウエストバンク(=ヨルダン川西岸)の大統領府からフランス・パリに移された後、脳出血で亡くなります。

アラファトの発揮していた求心力が失われると、PLOは二つの分派であるファタハとハマスに分裂します。ウエストバンクはファタハが支配し、ガザ地区はハマスが支配することになります。

イスラエルは、ハマスをテロリストだとして退け、主流派だとしてファタハを相手に和平交渉を重ねてきました。ところが2014年に入ってこのファタハとハマスの和解が成立し、再びパレスチナ統一政府を作ろうという流れになったのです。

これに対してイスラエル側は和平交渉の中断を宣言し、イスラエルとパレスチナという二つの国家が共存するための話し合いは暗礁に乗り上げてしまいました。

中東問題の解決の先行きは、全く見えていない、というのが現実のようです。

(つづく)

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