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中東戦争475

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

中東問題とは、要するにアラブ人とユダヤ人の陣取り合戦だ、ということです。「土地を返せ」と主張するパレスチナ人と、「もともと神から授かった土地だ」と主張するユダヤ人との間で、争いが繰り返されて現在に至っています。

1948(昭和23)年から1973(昭和48)年までの間に大規模な戦争が4度起こっており、それぞれが第一次中東戦争、第二次中東戦争、第三次中東戦争、第四次中東戦争と呼ばれています。

第一次中東戦争は、イスラエルが建国を宣言した翌日に起こります(イスラエルでは独立戦争と呼ばれている)。1948年5月14日、イギリスによるパレスチナの統治が終了するその日に、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言しました(イスラエル独立宣言)。これに対してその翌日である5月15日、周囲のアラブ諸国、すなわちエジプト、シリア、ヨルダン、レバノン、イラクの5ヵ国で構成されるアラブ連合軍がイスラエルに侵攻し、第一次中東戦争が始まるのです。この戦争はイスラエルが優位な状況で停戦を迎え、イスラエルは、国連による分割決議以上の範囲の領土を確保することができたのです。

第二次中東戦争は、スエズ動乱、スエズ戦争などと呼ばれます。イスラエル軍がシナイ半島に侵攻する形で始まったのですが、その裏ではイスラエルとイギリス、フランスが密約を交わし結託していたというものです。発端は、エジプトがスエズ運河を国有化したことで、これに対してイギリスとフランスが運河を取り戻したいと考え、イスラエルを扇動したのでした。開戦後仲裁の名目でイギリスとフランスが介入しますが、結局国際世論に負け、スエズ運河は本当にエジプトの国有財産となってしまいます。

第三次中東戦争は、「6日戦争」とも呼ばれます。イスラエルの周囲にあるエジプト、ヨルダン、シリアが、イスラエルに対して不穏な動きを示したたことから、イスラエル側が先制攻撃に出て、6日間で戦いを終結させました。アラブ各国の空軍基地に対してイスラエル側が空襲を行い、壊滅的打撃を与えたことが勝因です。イスラエルは短期間のうちにヨルダン領ヨルダン川西岸地区、エジプト領ガザ地区とシナイ半島、シリア領ゴラン高原を占領し、「エルサレムはイスラエルの首都である」と宣言します。これ以降イスラエルはエルサレムに首都を移しますが、国際社会からは認められていません。

第四次中東戦争とは、「十月戦争」と呼ばれるものです。1973年10月6日、エジプトがシリアとともにイスラエルに先制攻撃をかけ、第四次中東戦争が開始されます。緒戦ではエジプト軍がシナイ半島に進出、シリア軍がゴラン高原を脅かしますが、最終的にシナイ半島、ゴラン高原のいずれにおいてもイスラエル軍が押し返し、イスラエル優位で戦争は終わります。緒戦においてエジプト軍が押し出し勝利を得たことから、エジプト・イスラエル両国首脳の認識に変化が生じ、後のキャンプ・デービッド合意(エジプト-イスラエル和平合意)に結びつくことになります。なお、アラブ各国はこの戦いを有利に展開するため、イスラエルを援助する西側諸国に対して石油戦略を発動し、世界でオイルショックを引き起こしたのです。

(つづく)

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