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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

中東問題は別名、「パレスチナ問題」ともいいます。

パレスチナには2000年前まで、ユダヤ人(すなわちユダヤ教徒)の王国がありました。ユダヤ人の聖典「モーゼ五書」には、パレスチナはかつて「カナンの地」と呼ばれた、神がユダヤ人に対して与えた約束の地だとされたことが述べられています。

しかし、王国はローマ帝国によって滅ぼされ、ユダヤ人たちはこの地を追い出されて世界各地に離散することになります。このユダヤ人の離散を「ディアスポラ」と言います。そして、イスラム教徒であるアラブ人たちがそのディアスポラの後、パレスチナに住むようになったのです。

ユダヤ人たちはディアスポラの結果、ヨーロッパへ渡っていくのですが、キリスト教社会では常に差別され続けます。中世ヨーロッパでは、「ユダヤ人がイエス・キリストを十字架にかけたのだ」と言われ、迫害されたのです。

20世紀に入り、ナチス・ドイツが多数のユダヤ人を殺戮したこと、「アンネの日記」が世界中で出版されたこと、こうしたことでユダヤ人に対して同情が集まります。そしてユダヤ人自身も、「迫害を受けるのは、自分たちの国を持っていなからだ。自分たちの国をもう一度つくろう」と考えるようになります。そして、聖典に約束されている「カナンの地=パレスチナ」に戻ろうという運動が活発となるのです。これを「シオニズム運動」と言います。

しかし、パレスチナには、既にイスラム教徒のアラブ人が多数居住していたのです。そのため、国際連合で、「パレスチナ分割決議」が1947年11月29日に採択されることになります。この決議案では「イギリスの委任統治を終わらせアラブ人とユダヤ人の国家を創出し、エルサレムを特別な都市とすること」が謳われていました。エルサレムは国連の管理下に置く、ということだったのです。しかし、アラブ諸国ならびにパレスチナのアラブ人指導者たちはこの分割案を拒絶します。

そして、1948年5月14日の午後、イギリスの委任統治が終了するその日に合わせてイスラエルの独立が宣言されますが、アラブ諸国はこの宣言を踏まえた上でパレスチナに侵攻し、翌5月15日、第一次中東戦争が始まります。

(つづく)

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