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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

イスラム教の国の中には、厳しい戒律をきちんと守っている国もあれば、女性が顔を堂々と出してジーンズをはいて歩いているような国もありますね。この違いは何が原因となって起きているのでしょうか。

イスラム教では偶像を拝むことは禁止されているので、「~の肖像画」や「○○の像」といったものが公然と飾られていることは無いだろうと思って調べてみると、イランの首都テヘランなどではどこにでもホメイニ師の肖像画があるのだそうです。よく調べてみると、イランはイスラム教シーア派の国なんですね。

一方で、例えばサウジアラビアは、「スンニ派」の国のひとつです。スンニ派の中でもサウジアラビアは、特に厳格にイスラム法を守り、男尊女卑が徹底している(ワッハーブ派)ということです。ですからサウジアラビアでは、映画までもが偶像崇拝に当たるとして禁止されており、映画館も劇場も無いのです。

イスラム教の中に、大きく分けてこの二つの宗派、シーア派とスンニ派があり、シーア派はイスラム教徒のおよそ15パーセントを占める少数派、スンニ派は85パーセントを占める多数派、ということなんですね。

ムハンマド達はイスラム教徒の国として、アラビア半島を拠点としてイスラム共同体をつくり、その規模はだんだんと大きくなっていくのですが、預言者ムハンマドが亡くなった後、イスラム国家の指導者として「カリフ」を選んでイスラム国の運営が続けられます。ムハンマドが亡くなった後の4人の指導者を「正統カリフ」というのですが、初代正統カリフにはアブー・バクル、二代目はウマル、三代目にはウスマーン、四代目にはアリー、こうした人達が選ばれます。そして、初代を除いて、その後の三人はすべて、暗殺されたのです。四代目のアリーが暗殺された後、ムアーウィヤという人物がイスラム教徒の帝国の一つである「ウマイヤ朝」を建国します。これが歴史上最初のイスラム王朝の始まりです。

正統カリフ四代目のアリーはムハンマドのいとこで、かつムハンマドの娘と結婚していたのですが、「アリーこそがムハンマドの正当な後継者であって他のカリフを認めることはできない」と主張する集団が存在しました。このグループが「アリーの党派」と名乗り、後に「シーア派」と呼ばれるようになります。

これに対して、血筋に関係無くハディースを通じてイスラムの慣習を守っていくのならそれでよい、という考え方をしたのが「スンニ派」だということです。

四代目の正統カリフであるアリーの息子がサザン朝ペルシャの王の娘と結婚したため、シーア派はペルシャに広まります。このペルシャが、今のイランなのです。そこでシーア派は主にイランで支持されているのです。

ウマイヤ朝は、その版図(はんと)を拡大し続け、東ローマ帝国の領土の大部分、そして北アフリカまでもその支配下に置くことになります。その結果として、イラン人やトルコ人、そしてベルベル人など「アラブ人ではない」イスラム教徒が誕生することになるのです。

(つづく)

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