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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

イスラム教とキリスト教の争いと言えば、やはりまず「十字軍」を思い起こす人が多いでしょう。

十字軍とは、1096年から以後約200年間(日本では、摂政藤原道長が1027年に没し、その子の関白藤原頼通が1052年、宇治殿を寺院に改め、翌1053年に平等院鳳凰堂を建立している。1083年から1087年にかけて、源義家が後三年の役を起こす。この源義家の子が源義親、その子が源為義、その子が源義朝、さらにその子が源頼朝)、断続的に繰り返して行われた軍事行動のことを言います。遠征軍に対しては、何人かのローマ教皇によって認可が与えられていたのです。

1095年、ビザンチン帝国の皇帝アレクシオス1世コムネノスは、ローマ教皇ウルバヌス2世に使節を送り、移住しながらアナトリアから西進していたトルコとの間で起きている衝突に対する軍事的援助を要請したのです。ローマ教皇ウルバヌス2世はこれに応えてキリスト教徒達に遠征軍に参加するよう呼びかけたのですが、これが後に第一回十字軍として知られるようになったのです。

その後、十字軍は合わせて8回派遣されたのですが、キリスト教勢力が勝利したのは最初の一回だけであり、残りはすべてイスラム教勢力の勝利に終わっています。また、1244年にイスラエルがイスラム教徒に攻撃されて陥落した後は、20世紀までずっとイスラム教徒がイスラエルを支配することになります。

このエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教の聖地なのですが、その理由は、次のようないわれによります。アブラハムが神様から試されて、「本当におまえが神のことを信じているなら、わが子(長男のイサクのこと)を私に捧げることができるか」と問われた時、アブラハムは苦悩するものの結局は息子を連れて丘の上まで来て、息子を殺そうとします。その時に「お前の信仰心はわかったから、もうその子を殺さなくてもよい」という声が聞こえ、殺すのを止めます。この丘がユダヤ人の聖地となって神殿が建てられたのです。イエスはユダヤ教徒だったので、この神殿まで来て布教をしていたのですが、その結果神殿のすぐ近くのゴルゴダの丘で十字架にかけられます。現在、このゴルゴダの丘があったとされる場所にイエスの墓が造られ、聖墳墓教会とされたため、この教会がキリスト教徒の聖地となっています。

ムハンマドはエルサレムには来たことはないのですが、「コーラン」の中に、「ムハンマドが天使に連れられて遠くの町に行き、アッラーの神、あるいは歴代の預言者たちに会って戻ってきた」という内容の部分を読んで、「エルサレムにある聖なる岩を触ってきたのに違いない」という話になって、その岩を丸い屋根で覆って「岩のドーム」と呼び、これがイスラム教の聖地となっているのです。

現在は、この3つの宗教の信者がそれぞれ、自分たちがエルサレムを管理したいと主張し対立しているということです。

(つづく)

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