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Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日、深見東州先生の「神霊界」を読み直していたところ、次のところが目に留まりました。


「人欲を捨てて聖人に至れば『良知』が自ずから現れる。この『良知』は普通の知ではない。聖人のみが持つ知であり、全て理にかなう方向を示す知である。それゆえ、『良知』に従って生きるならば、いわゆる達人、聖人の生き方ができる」…

……「座禅なんかしたって、それだけで聖人にはなれっこない。瞑想したくらいで聖人になれるなら、これほどやさしいことはない。本当の修行とは日常生活の中で行うものなのだ」

つまり、役人は役人という仕事の上において人欲をなくし、教育者は教育者という仕事の上において、本来の良知を出す修行をしなければならないのだ。このように、日々の生活や仕事の中で人欲をなくし、聖人になる修行をしなければならないと、王陽明は説いたのである。そして彼は、こうした日常生活の中での修行を「事上錬磨」と呼び、これこそが最も大切であると主張したのである。……

王陽明は、山の中での修行は本当ではないという。深山幽谷で瞑想にふけっても、あるいは滝に打たれ断食しても、日常生活に戻ったとたんに欲望にかられたり、みだらな妄想にかられたとしたら、何の意味もないではないか。それより、日常生活の中で欲望を捨てるほうが、はるかに困難ではないか-このように、王陽明は説いたのである。曰く、「山中の賊を征するは易く、心中の賊を征するは難し」と。……



この部分というかこの本そのものをもう何度も読んでいるので、この内容を知らないわけではないのですが、「知っている」ことと「実際にやって、やり抜いた。貫徹した」ということとの間には大きなへだたりがあるんですよね。

だって、街を歩いていてちょっと美味しそうなケーキ屋さんがあると、立ち止まって見てみないではいられないじゃないですか。それで美味しそうなケーキの新作が売り出されていたりしたら、食べてみないわけにはいかないんですよね~

それで、こういうことを何度も繰り返していると、「今年こそやせる!スリムになる!」って何度発願してみても、どうしても目標を達成できなくて無残な結果に終わってしまうのです…

日常生活の中で、その時々に出会ういろいろな誘惑や出来事によって、一見静かに保たれていた自分の想念がいとも簡単に揺り動かされてしまう…本当によくあることですよね。

「事上錬磨」と言葉で言うのは簡単ですけど、いざやってみるとなかなか大変だなっていつも思います。みなさんはどうですか?

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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