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Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

ワールドメイトでいつも耳にする言葉、というか、いつも目にするというか、ワールドメイトの会員になって教わっている中で、一番大切な事柄の一つに、「人間が生まれてきた理由とは何か?」という話がありますね。

この質問の答えは「御魂を磨くためである。」というものですね。深見東州先生は会員に対して常々、「この世に生まれてきたのは、自分の御魂を磨くためですよ」とおっしゃっています。そして、この「御魂を磨く」というのをもっと具体的にいうなら、それは、「進歩する・向上する・発展する」ということになると思います。例えば、自分を進歩させる、自分を向上させる、自分を発展させる、ということですね。

そして結局、今日も一生懸命生きるぞ、今日も頑張るぞ、という姿勢・心構えに落ち着くのですね。

しかし、神様のことを知らない人でも、神様のことを信じていない人でも、一生懸命頑張っている人はたくさんいます。

ここで、生まれてきたことの意味を考えてみて、かつ知って、そして死んだ後の世界のことも考えてみて、かつ霊界のことについて知ったり確信を持ったりして、一生懸命生きるという人と、「とにかく生きている今しか、確実な自分というものは存在しないんだから、頑張るぞ」という人と、二種類の人がいる時に、果たしてこの二人の「一生懸命」の「質」が同じものになるだろうかと考えてみると、同じにはならないと思うのです。

とにかく今日さえ過ごしていければ、という生き方は、実は結構不安ですね。死後の世界を信じないで実際に死んでみたら、「物質としての自分が滅んでしまったら、もう何も残らない」ということにやっぱりなるのなら、「死後の世界は無い」と言い切って毎日過ごせばいいのですが、実際には死後の世界、つまり霊界はちゃんと存在していますからね。そうすると、霊界を信じている人なら、自分が今死んだら、どういう霊界に行くだろうか、なんて考えてみたりしますね。

話がそれますが、ある時、深見東州先生が来世の話をされたことがありました。深見東州先生がある人(△△さん、としておきます)と話をされていると、ふと、「今△△さんが亡くなると、来世はミュージシャンだね」とおっしゃったのです。これはどういうことかというと、その時、この「△△さん」は、目の前で自分の友人が上手にサックスを吹く様子をじっと凝視していたところだったのです。おそらく、「自分もあんなふうに楽器を演奏してみたいなー」といった羨望の想いを抱いていたのでしょう。これは、今の一瞬の想念の在り方が来世を決めた例の一つですが、今の自分の想念が天国界に近いものか、それとも地獄界に近いものか、あるいは平々凡々として中有界みたいなものか、会員なら自分の想念の在り方について考えてみた経験が、どなたにも一度や二度はあるのではないかと思います。

今の自分の想念の在り方が、すなわち今自分がいる霊界ですからね。

霊界とは自分の心そのものなのに、霊界があることを拒否したり、考えたことがない、という人はどうしても刹那的になってしまう傾向があるのではないでしょうか。過去や将来を考えず、ただ現在の瞬間を充実させて生きようとする考え方のことを「刹那主義」というんですけどね。これでは、どんなに我力で努力しようとしても、息切れしてしまいそうですけれども。

さらに、本当は霊界が存在するのに、霊界があることを拒否したり、考えたことがない、という人は、死んだ時に、困ることになるんですね。

霊界のことを拒否したり、考えないで死んでいく人は、死んでから困るのです。その理由は、霊界がどういう世界なのか、霊界でどう過ごしていけばいいのか、全くわからないまま死んでいくからです。

霊界を拒否する人、霊界に無関心な人、霊界に無知な人が死ぬとどうなるかというと、死んで肉体が消滅したら自分の存在も消滅すると生きている時から思い込んできたので、実際に死んだ時に、自分の死を自覚できないようです。死んでいるのに自分の意識が続いていることについて、おかしいと思ってしまい、事態を理解できないのですね。

死んだ後は霊界に行くべきだということ(というか、自分の意識が肉体から離れても存在できるという事実を受け容れて、想念の世界の住人となったことを自覚すべきだということ)を知らないし理解できないので、結局子孫に憑霊して、なんとかしてくれ!と助けを求めることになるのです。実はこれが「先祖の戒告」にあたるものです。(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 霊界 想念 刹那主義

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