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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

ちょっと抹香くさいと思われる方もあるかと存じますが、ここで絶対神と顕現神という考え方というか、存在について、お話ししておきたいと思います。

結論から申し上げますと、宇宙創造のス神とは、真を極めれば科学や法、理に通じ、善を
極めれば宗教や道徳、倫理に通じ、美を極めれば芸術に通じるものなんですね。

要するに、「真・善・美」の三つが宇宙創造のス神の一部なわけです。そして、その真・善・美の広がりというのはあまりに広大無辺であり、人間の知恵なんかをはるかに越えているわけです。

無限絶対無始無終、至大至小、至剛至柔であり、全知全能を内包しておられるのが宇宙創造のス神なのです。

だから、人間がその頭脳や知性で完全に理解したり、体得できるものではないんですね。たかだか垣間見た霊界や神仏の様子が、たとえ本当のものだとしても、どれほどのことだと言えるでしょうか。神様から見たら、チリ一つにも足りないほどの、わずかな部分でしかないわけです。

そう考えてみると、私こそが皆さんを救う霊能者だ!といばっている人がどの程度の人物か分かるというものですよね。

次のような言葉があります。

郡盲象を撫でる
(ぐんもうぞうをなでる)

この言葉の意味とは、

「多くの盲人が象をなでてみて、各々が、その手にふれた部分だけで象のことを云々(うんぬん)するように、凡人は大人物や大事業の一部分しかつかめず、大局からの見方はできないということのたとえ。「北本涅槃経」巻三二、「菩薩処胎経」巻三などに見えるたとえ。衆盲象を模す。」

と辞書にあるのですが、

人間が本当の神を理解しようとする時には、同じようなことが起きているのです。

神様というものが、有形のもので有限のものなら、そのうち真髄や真理、真実の神様というものに到達できるかもしれません。

しかし、実際には、本当の神様というものは、無形かつ無限なので、有形で有限の人間がどんなに知覚力を使ってがんばっても、絶対神のすべてをとらえることはできないのです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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