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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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お月さま636

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日のスーパームーン、大きかったですね。

氷見のスーパームーン


ちょっと写真が粗くて、ちゃんと見えないのですが、本当に誰にでも分かるくらい大きかったです。

でもこのお月さまが神様が顕現された証しなんだと思うと、やっぱり手を合わせないではいられませんでした。

このお月さまの影響力は2016年中は残っているとのことですから、あと一ヶ月、たくさんたくさんお祈りを捧げたいと思います。



(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

久しぶりに氷見の海岸にやってきました。

始めて来たのが2005年のはずなので、もうそれから数えて11年になるんですね。

何回来ても、本当に素晴らしい場所だと思います。みんなのお祈りが凝結しているし…

今回も到着して落ち着いたら早速海岸でいっぱいお祈りしました。

本当に気持ちがよくて、何度来ても嬉しくなる場所ですね。

氷見20161113


(つづく)

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一人きりで何かに打ち込んでいる時には没我没入するのは容易なことですね。宿題をしている時であれ、読書であれ、楽器の練習であれ、絵を描くにせよ、一人で自分だけで取り組んでいる時にはすぐに没入することができるはずです。

ところが他人がいると、没我没頭はなかなかできないものです。没入し過ぎると人の言葉が聞こえなくなったり、人から呼ばれているのに応答できなくなったりしてしまうので、そこまでは没入できないことも多いですね。

そういう場合には、自分の読んでいるものを読みながらも、あるいは相手の話を聞きながらも、頭の中に良い映像を想い浮かべるのです。そうすると頭の中に善なる因縁ができてくるということなのです。相手の話を聞く時であれば、なるほどと思いながら、相槌を打ちながら、良い場面を想い描いていくのです。

只今に生きることがとても大切なのですが、同時に未来のことも想い描いて、未来のことを先取りしながら只今に打ち込むようにすると、自然に、今、行うべきことに出会うようになってくるそうです。未来の霊界や神霊界をどんどん良く想い描いて取り込みながら、今を生きるようにすると、大変善なる因縁と善なる霊界が動くということなのです。将来の良き姿、未来の良き在り方を想い描きながら、今現在の目の前の課題に打ち込むようにすると、とても善き因縁、善き霊界が動くのだそうです。

只今に生きながら、頭の中では善なる因縁をいつも作っている。頭の映像の中に、自分も幸せになっている様子、相手も幸せになっている様子、これを想い描くのです。

そうすると、自分自身が良きものをもたらす人に変身することができるわけです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

一見外に現れた行動を見ると努力しているように見える場合であっても、どんどん自分で悪因縁を作り続けている場合があるのです。自分の頭の中、自分の想い描く世界が善なるもの、良きものになっていない場合ですね。

頭の中で何を想い描いているのか、何を連想しているのか、それによって、その人の霊界が決まってくるのですね。明るい未来、楽しい未来、明るい夢、発展的な将来といったものを想い描いていれば、その人の霊界は明るいものになりますよね。

言葉と行いは一見丁寧で言われた通りに素直にやっているのですが、本人が良き映像世界を想い描くことなく、気持ちも頭の中の映像の世界も暗いまま、執着心に満ちたままでやっていたのでは、なかなか人に喜ばれる結果にならないかもしれません。頭の中で悪因を作っていて、善因を作っていないから、運気が改善されないのです。

「人もよかれ、自分もよかれ」という映像をありありと想い描いて、そこに真心のこもった想念を乗せて、その上で振る舞うことが大切なのですね。

 頭の中にいい画像を作っていく。「人も良くなっている。自分も良くなっている。もうみんながすでに良くなってしまった」という映像をいつも想い描いている人というのが、頭の中に善因を作っている人だということなんですね。

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

自分の想いが向かう対象によってどのような違いが生まれてくるのか、「一念の自己管理」について、参考になる内容が「絶対運」に著されていますので、改めて見てみたいと思います。

引用ここから------------------

「霊的な能力を持っている人と接するときには、少々気をつける必要がある。」

「へたをすると自分のせっかくの運を悪くする可能性があるからだ。とくに、霊能力を使って商売をしている場合、たとえそれが宗教家であっても同じである。」

「~~マイナスの霊の波動は粗雑であり、その粗い分だけ余計にはっきり見えたり、感じられたりする。その結果、霊能者はつねにマイナスの波動を持つグロテスクで邪な存在と交流をしていることになる。たえず醜悪なものと対面しているから、どうしても彼の注意はそちらに向けられる。そしてマイナスの波動をつねに浴びているうちに、醜悪な面ばかりを引き出し拡大してしまうクセがついてしまう。」

引用ここまで------------------
 
 基本的に、霊能者は悪霊にはなじみやすく、高貴な霊と交流することができる人は少ないのです。さらに言うなら神霊と交流できる霊能者はまず存在しないでしょう。霊と交流するから霊能者なのであって、霊であっても神様であっても、その霊能者の生き様に相応しい霊や神仏しか来ないからです。

 ですから、霊能者は結局低い霊界、いやな霊界、いやな霊のことしか見えないことが多い。したがって、そういういやな世界、いやな霊のことばかりに意識が向くので、結局そういういやな霊の話を聞かされることが多くなるのです。そうすると、こちらの意識もマイナスの要素ばかりを意識するようになってしまいます。

 すると自分の中からも、マイナスなものばかりが出てくるようになるのです。外から悪いものがやってきて、それに呼応して自分の内側からも悪因縁が出てきてしまうのです。これでは元も子もなくなってしまいます。

 深見東州先生が何度もおっしゃるように、よき想い・よき言霊だけを発するように心がけ、決して悪しき想いを言葉にしたり、行動にしたりしてはいけないのです。

 絶対運には続いて次のようにあります。

引用ここから----------------

「欠点以上に長所や美徳を引き伸ばし、その善なる方向に全神経を傾けさえすれば、その人物のパーソナリティを一層優れたものにすることができるはず~」

「プラスの明るい面ばかり見る努力をしていると、霊界が変化していく。そうするとお互いにプラスの面ばかりを強調し合うようになり、当然運気も急上昇する。」

「霊能力によって霊界のマイナス面しか見ることのできない人は、たとえそれがどんな教団の教祖であろうとも、いかなる団体に属していようと、真に人を幸福に導いていくことはできない。」

引用ここまで----------------

どんなに白々しくても、本当のことを言う必要はないのです。わざわざ悪い部分に意識を向けさせる必要はありません。

また、あなたが本当のことを知りたいなら、他人から聞こうとするよりも、自分の守護霊に向かって祈るほうがいいかもしれませんね。

自分の想いを野放図に(=思うままに、勝手気ままに)垂れ流して、その想いに浸っているのでは、動物と同じなのです。自分の想いを管理して、前向きで発展的な想いのみが本当の自分が出しているものだといつも自分に言い聞かせることで、ようやく自分の悪因縁を封じることができるようになるのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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「一念の自己管理」の具体的な方法として、「宇宙からの強運」には次のように記されています。

引用ここから------------------

「例えば、何か嫌なことがあった時、誰かを恨むのではなく、『ああ、これでまた一つ自分の劫が消えた。よかった、よかった』と思うようにする。あるいは、『本当はもっと不幸な目に遭うかもしれなかったのを、神様がこの程度で済まれてくれたんだろうな。ありがたい、ありがたい』と喜ぶようにする。その良い念が、良い運気と引き合って、良い守護霊の加護を強くする。マイナスの想いを媒介にして、不幸にしてやろうと思っていた邪霊も、『あらっ?』ということで近寄れなくなる。」

「これが『一念の自己管理』というものであり、天台宗を大成した中国の智顗が説いた『一念三千』の教えを、日常生活の中で活かせる応用形といえる。まさに、今現在出す一念が、三千大三千世界をかけ巡り、その念の種類にあわせて、自分の魂が天国界にも地獄界にも感応するのだ。つまり、『ただ今』の一念こそが、善悪正邪、天国地獄の分水嶺となっているのだ。それを知れば、マイナスの『想い』を後生大事に抱えていることが、いかに馬鹿馬鹿しいことかわかるだろう。」

「だから、~、マイナスの想いをプラスに変える考え方の工夫というのは、単純なようで実に大きな強運のコツだということだ。」

引用ここまで------------------

自分の中にマイナスの想念が生まれても、それをそのまま口に出すのはよしたほうがいいのです。口に出して、具体的に言葉にして言ってしまうと、それによってその世界が具体化してしまうのです。

だから、口に出す時には必ず、無理矢理にでも『業が祓われたに違いない。ありがとうございます』と言うようにするのです。必ずそうするように習慣づけておけば、自分の魂を自分で地獄界に落とすことなく済むのです。どんな時にもどこにいる時でも、必ず言い直して、思い直すようにするのです。こうすることで、自分の魂が守られるのです。

ですから、自分の感情に素直になって何でも言えばいいわけではなく、明るく楽しく前向きな時だけ、その気持ちを言葉にして自分に言い聞かせればいいのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

私の知り合いにとても短気な女性がいます。その人は、思ったことをすぐ口に出してしまうんですね。また、何か嫌なことがあると、すぐに腹を立てて怒り出してしまうのです。

ところが、皆様もご存じのように、心はコロコロと変わります。

深見東州先生の「宇宙からの強運」に、次のように書かれています。

引用ここから--------

「自分の考えは絶対だ、そう簡単に変えられないと普通は思っているが、そんなことはない。それは思い込みである。考え方なんていくらでもあるし、自分でいくらでも変えていくことができる。考え方なんて、自分でクリエイトしていったらいいのだ。

『私はこうだと思うんだけど』というのは、その『思い』にやられている。その『思い』があきらかにマイナスなものでも、『自分の思いなのだから大切にしなければ』と思うのか、その情感に浸っていたりする。しかし、自分の思いなんてどうでもいいのだ。なぜなら思いなんて、絶えず変わるものだから。

 いいものを見たら、気持ちがよくて幸せな気分になるし、嫌なものを見たら気が沈んだり、腹が立ったりする。寒い時や空腹の時は弱気になりやすいし、暑い時はやる気をなくしやすいものだ。美人を見たら元気が出るし、失恋したらドカーンと落ち込む。

 想い、それはその時々見たり聞いたりしたもの、五感で感じたものにいつも影響されて、コロコロ変わるものなのだ。コロコロ変わるから心(こころ)というのだが。

 同じように、考え方というのも絶対的なものではなく、五感で感じるものによっていつも影響を受けている。あるいは、その時々の想いを合理化して言葉で説明することを『考えること』だと勘違いしている場合さえある。だが、考え方をちょっと工夫すれば、想いなんて案外簡単に変えることができるのだ。

 だから、マイナスの想いが出た場合には、プラスの考え方を無理にでもひねり出して、『これがいいんだ』と思えばいいのである。」

引用ここまで-----------------

自分の考えていることについて、ぼんやりと自分で良し悪しを判断しようとしてもあまり意味はありません。自分だけで自分の考えていることの良し悪しを考えても「自家中毒」のようなもので、正しい結論に至るのは難しいでしょう。

自分よりも優れた人、自分よりも運の良い人、こうした人のものの見方や考え方を取り入れて初めて、自分にとって何が良く何が悪いのかがはっきりしてくるのではないかと思います。

さらに言えば、優れた人達が、その考え方や判断の仕方の根拠としている「より良き考え方=天地の法則」を学んで、「より良い考え方」を自分でもできるようにすればいいのです。

そうした天地の法則の中の一つに、「一念の自己管理」があるわけです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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神なる存在、神仏のこと、こうした存在を科学的に解説するという発想は魔界を広がらせる可能性があるのです。

科学というのは帰納法がその原点である、という説明をされることがあるようです。帰納法とは、いろいろな現実的な現象をいくつも集めてきて、それらの事柄に共通して付随する出来事や法則を見い出し、そうした法則性に基づいて仮説を立てて、その仮説を検証することで科学的根拠が固められていく、このように使われるようですね。

私たちが神仏に臨む時も、同じように、どのように祈れば神様が動いてくれるのか、失敗した時は何が原因でうまくいかなかったのか、そうした経験を積み重ねていくことは大切になりますが、それは神仏の存在を知的に把握したいからではありません。神様や仏様に動いていただいて、奇跡が起きるのを見聞きするのが嬉しいからです。

そして、神様仏様の存在というのは当然のことであり、科学的に証明されようがされまいが、自然にお祈りしてしまう、というのが本当の信仰なのです。

神様の存在が科学的に証明されない限り神様のことは認めない、という姿勢は、人知を過剰に信頼し過ぎていることから来ているのでしょう。そういう姿勢は、霊界物語に描かれているという内容によると、「自分の親に向かって、あなたが私の親だということが科学的に証明されない限り、あなたを親として敬うことはいたしません」というのと同じだということです。

冷静に考えれば、宇宙の全て、自然界の全て、あらゆる生き物達を創り出した神様という存在を人知で説明できるわけなどないと分かりそうなものですが、本気で科学で証明できないものは信じないのだ、という態度の人もいらっしゃいますね。

信仰とは、親子が自然に交流して、理屈抜きに子は親を敬い親は子を慈しんで、というのと同じで、理屈抜きに神を慕い、神はそうした人の想いによって守護と神徳を授けて下さるもの、こういうことだと思います。

科学的に証明されない限り神仏のことなど信じない、というのは、無自覚ながらも傲慢なのだ、ということでしょうね。

神様というのは知的に理解する対象ではないのです。お慕いして、御用にお仕えしたいと思う対象であって、その結果こちらの想いにちゃんと報いて下さる、そのような存在なのです。それを、知的に説明できると考えること、そのように教えることは、嘘を教えていることに他なりません。だから魔界が広がることになるのです。

(つづく)

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