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Author:ノリコ
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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ご神業は運を良くするためにやるのではない、という話はもう以前から深見東州先生がおっしゃっている通りです。

「運不運の前に、徳と劫があり、その前に善行と悪行があり、その前に良き心と悪い心があり、その前に良き念や言霊と、悪い念や言霊があり、その前に、本当の神に向かう、人としての正しいあり方があるのです」

という説明は何度も目にされていると思います。

人としての正しいあり方がどういうものなのか、ここが原点であり、この原点を学ぶために信仰をしているのです。

また、同時に、目に見えない世界、科学ではなかなか説明しにくい世界があって、そこに霊的真実、神霊的真実がある、ということを学んでいくことによって、神なるものをより良く知り霊的法則をより深く体得して、自分の生き方をより良いものにしていけば、副産物として先天運や後天運というものがあることを理解できるようになり、さらには理解するだけでなく、そうした先天運や後天運を改善していくことができるようになるのです。

こうした信仰と祈りの実践がもたらす生き方の向上や改善は、真実の神なる存在が降臨しているからこそ可能になる話なのであって、巷にあふれている開運法や自分を解放する考え方といった小手先の方法ではとても到達することができない世界にまで、自分をもっていくことができる可能性がこの信仰の世界には秘められているのです。

「運・不運はあくまでも結果です」と書かれているのですが、それでは結果として開運しないのはなぜか?それは一言で言うなら、「人としての正しいあり方について、正しく知らないから、即ち学びが足りないから」なのだと思います。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

どうしても他人のことがうらやましくて人と自分とを比べるのを止められない人がいますが、いつまでもそんなことでくよくよしていても、何も生まれませんし何も発展しませんね。

「天は二物を与えずとか、
 人は生まれながら
 定まった宿命を持つとか言われているが、
 本当は、全て前世でつちかった分だけしか
 今世に備わらないのである。
 人をうらやむな。
 前世の貯えが異なるだけだ。
 今世磨けば、その分だけ功徳が備わり、
 来世までも持ち越されるなり。
 来世に持ち越しが可能なものは、
 信仰、芸術、学問である。」
(御神示録、p.124)

自分のできることから始めましょう。これこそ陳腐な言い回しですが、本当にそうするしかないのです。自分が何ができるかわからないなら、何か信仰みたいなこと、何か芸術みたいなこと、何か学問みたいなことの中から、自分のやりたいことを選べばいいのです。そしていったん始めたら絶対に止めない。死ぬまで続けることが肝腎です。継続しやり抜くことで一切が善となるのです。

何もしないことが一番良くないこと。あわてたりあせったりする必要はないのですが、何もしないのは、やっぱり良くないのです。次に良くないのは、途中で投げ出すこと。何か始めて、とにかく続けていきましょう。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

守護霊さんたちは、四六時中見守ってくれているのですが、子孫がどう行動するのか、気になるのは守護霊として活動することを許されている先祖ばかりではありませんね。

例えば、子孫がちゃんと先祖供養をしてくれるのかどうか、先祖としてはやっぱりとても気になるようです。

ちょっと今の季節にはまだ気が早いのですが、先祖供養にまつわる出来事を思い出したので書いてみますと…

ある会員の方のお盆の時の出来事だと聞いたのですが…

夏が来て、お盆の先祖供養を今年はどうしようかと考えておられたのだそうです。それで、その年は、節分からいろいろと申し込みが続いていて、その上にお子様たちの進学や入塾などで出費が重なったので、「今年は申し込みは一休みさせていただいて、また来年にしようか」と思ったのだそうです。

それからしばらくしたある日、先祖供養の申し込みを結局どうしたものかなあと考えながら夕食の支度をしていたところ、ふとしたことから天ぷら鍋の火をつけたまま台所から離れてしまって、しばらくたって我に帰ると鍋から炎が上がっていたのでした。なんとか消火器で消し止めたので大火事にはならずに済んだということでしたが、結局室内の内装や焼け焦げた換気扇などの修理・交換で○○万円かかることになってしまったのでした。火災保険に加入していたので、この費用は全額保険を適用することで補填できたのですが、その方は「これはご先祖の皆さんが怒って知らせてきたのかなあ」と考えて、改めてパンフレットをよく読んで、丁寧に祈りを重ねて申し込みしたところ、結局この補填された費用とほぼ同じ金額を自然に申し込みすることになったのだそうです。それで「最初から素直に申し込みしていれば良かったなあ」と改めて反省したということでした。

深見東州先生も何度もメルマガでご先祖の様子を描写して下さっていますが、先祖供養の時に限らず、ご先祖の皆さんは、おそらく子孫の一挙手一投足に愛の眼差しを向けて下さっているのだと思います(そういう余裕のあるご先祖ならば、ということですね)。

ですので、いつも守護霊団が守ってくれているだ、と本当に確信して、あの世からの影響を大なり小なり受けているのだと実感しながら毎日を過ごすことで、いっそう守護霊との合一は進み、良いひらめきが湧き上がってくる、なんとなく良いことを思いつく、といったことがやりやすくなるのではないでしょうか。

私が実感しているのは、結局前向きで積極的なやり方を採用して、前向きで積極的なひらめきを活用していくことが一番良い結果につながっていくよね、ということなんですけれども。自分から積極的に行動した時に、やっぱりいい感じのひらめきがやってくるんですよね。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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夏目漱石の弟子の一人に寺田寅彦という学者がいます。東京帝国大学理科大学院を出た人で、専門は物理学だということなのですが、この人が、自然科学者でありながら文学など自然科学以外の事柄にも造詣が深く、科学と文学を調和させた随筆を多く残している、ということで近年になって再評価されているようです。

その寺田寅彦の随筆の中に次のような一節がありました。著者が自画像を描いている際に抱いた思いを述べた部分です。

「もう一つ不思議な錯覚のようなものがあった。ある日例のように少しずつ目をいじり口元を直ししているうちに、かいている顔が不意に亡父の顔のように見えて来た。ちょうど絵の中から思いがけもなく父の顔がのぞいているような気がして愕然として驚いた。しかし考えてみるとこれはあえて不思議なことはないらしい。自分はかなり父によく似ていると言われている、自分はそうとは思わないがどこかに似た点があるに相違ない。自分の顔のどこかを少しばかり修正すれば父の顔に近よりやすい傾向があるのだろう。それで毎日いろいろに直したり変えたりしているうちには偶然その『どこか』にうまくぶつかって、主要な鍵に触れると同時に父の顔が一時に出現するのであろう。
 それから考えてみるに自分が毎日筆のさきでいろいろさまざまの顔を出現させているうちには自分の見た事のない祖先のたれやそれの顔が時々そこからのぞいているのではないかという気がしだした。実際時々妙に見たような顔だという気のする事さえある。」
(岩波文庫、寺田寅彦随筆集第一巻より)

どんな人であっても、自分自身と実の両親との間には「血のつながり」が存在し、その事実は決して否定できません。遺伝子を与えてくれた男親と女親が必ずひとりずつ存在しており、その二人がいなければ自分自身がこの世に誕生することはあり得なかったわけです。

そして、父方あるいは母方の先祖をどんどんさかのぼっていくと、血がつながった先祖の数はn世代さかのぼればそのn世代目には「2のn乗」の人数の先祖が存在していて、世代をさかのぼるにつれどんどん人数が増えていくわけです。

こうした先祖たちの中に、芸道や武道といった道を修めた人、あるいは学問を修めた人、そういう先祖もいて、そういう先祖の中でも神様の許可をもらった人たちが守護霊の働きをしているのです。

実際に何体もの守護霊がひとりひとりを取り巻いて守護しており、いざという時に手助けをしていることは、「強運」などに書かれている通りです。寺田寅彦は自画像の自分の顔を手直ししていた時にもしかすると祖先と出会っているのではないか、と言っているのですが、実はわれわれのそばでは神界から許可を得た先祖霊たちがわれわれのことを常に見守ってくれているのですね。

お祈りの際には「遠津御親(とおつみおや)」と言ったりもするのですが、私たちが思うこと、考えることは霊的存在である先祖霊たちには筒抜けなのです。ですから、自分の守護霊に語りかけるだけでも、その後の普段の生活の中でいろいろとヒントをもらえたりするといったことも起きるわけです(※守護霊が言葉で話しかけてくることは絶対にありません)。

次回に続きます。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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今だに霊が見えるとか見えないとか、霊能力がどうのこうの、という話をする人がいらっしゃいますが、そんなことは会員には必要のないことなんですね。

この点については深見東州先生がすでに「霊能力など全く必要ない」と明確におっしゃっていて、霊能力を発揮できるのは即ち別のものの力が外に向かって表現されているのにすぎない、とはっきりと教えていただいています。

ご神示録にも

「全ての現象を霊界より見れば、
 幻であり影である。
たとえすばらしいことであっても、
 霊界に想念を向けて行うときは、
 神の御目より見給えば、
 実りあることとして受け取られることはない。
 人の生が三次元をその足場とする。
 三次元はそのままが神の世界なり。
 神心の現し世なり。宝の実の花園なり。

 全て愛より発して神に想念が行き、
 あらためてこの世で目に映るもの、
 耳に聞こゆるもの、
 肌で感ずるものが
 神のお姿であることを自覚し、
 天地を楽しみつつ、
 日々暮らすのが人の本分である。

 霊象霊的能力ことごとく神の望むところにあらず。
 ただ人が、あまりに神なり仏なりを
 不可思議なものとしてとらえるこころあり、
 その因を結びつける方便として
 使っているだけなり。
 神は仏教で言うようなむつかしいものでも、
 厳しいものでもない。
 ただ楽しく、面白く、美しく
 輝いている天の楽の元だと思われよ。
 
 中心というのは
 すみきった無心のものでなくば、
 高厳、崇貴、深遠なる神の働きや、
 姿をうかがえるものではない。」
(御神示全集 p.154)

とある通り、「霊象霊的能力ことごとく神の望むところにあらず」ということなのです。

そしてまた別のページには、

「己の意志で全てが決まる。
 霊ではない。
 人ではない。
 環境ではない。

 (以下略)」
(p.320)

とあり、自分がどのように意志を持つのか、自分が持っている目標や考え方がどのようなものなのか、これらが一番大切なのだ、ということもはっきりと書かれています。

ですから、自分が意欲が湧かなくてやる気がしないのを自分以外のもののせいにするのは間違いなのです。自分の心は自分で運んでいくしかないのです。

霊的なことをいちいち言葉に出して自分の言い訳にするのは、全く間違ったことなのです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

座右の銘487

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

人様のお話しばかり紹介して申し訳ないのですが、今回も私の友人の一人、その友達の旦那さんの話です。

このご夫婦はワールドメイトの会員です。ある時、ご主人の転勤に伴って、家族みんなで今のお住まいに引っ越しして来られたということなのですが、新しい部署でずいぶん大変なお仕事を担当されることになり、ご主人がとにかく毎日会議会議、仕事仕事、ということになって、帰宅するのは毎日23時過ぎが普通になってしまうような、そういう勤務ぶりになってしまったそうです。

ご主人は朝晩ご自宅の神棚でお祈りしておられたそうですが、とにかく端から見ていても本当に大変そうだったということで、それでも何も会社のことは普段はお話しにならない人だというので、黙ってお茶を注いであげることくらいしかしてあげられることがなかったそうです。

しかし、ご主人は愚痴も一切おっしゃらずに黙々と出勤して行かれるので、奥様のほうはよく続いくなあと思っていたところ、あるとき、ようやく休みが取れてご主人と一緒に食事をすることができたので、その時にそれまでの頑張りに対する感謝の言葉を一生懸命伝えたのだそうです。

すると、「とにかく自分がやる気、意欲を無くさないように、とにかく絶対に毎日最高に盛り上がって出かけていくことができるようにしていたんだよ」と話してくれたのだそうです。

そのために具体的にどんな言葉で祈っていたのかまでは教えてくれなかったということですが、今日私が御神示全集をぱらぱらとめくっていたら例えば以下のような御神示がありました。

「いかなる困難に遭い、落胆に遭遇するも、
 積極精神とやる気のある内は、
 人間の進歩と事業の発展はあるものである。
 最も怖いものは、やる気と意欲の沮喪(そそう)なり。」(p.317)

※沮喪(そそう):気力がくじけて勢いがなくなること

「太陽の如き情熱を持て。
 一切の魔を打ち砕き、
 繁栄と成功をもたらすものは、
 ただただ、太陽の如き情熱しかないのである。」(p.315)

ということで、奥様から聞いたところでは、おそらくご主人は、こうした御神示をいくつか座右の銘にされているのだろうというお話しだったのでした(ご本人は自分からは何もおっしゃらないそうですが)。

このご主人は、本当に、何があってもどんな時でも毎朝明るく前向きに出て行かれるそうで、やっぱりきっと何か自分自身に言い聞かせている言葉をお持ちなのだろうと思います。決して自分のことは自分からはおっしゃらない方なのですが、根性というか情熱というか、そういうものを持って行動している男性は本当に頼り甲斐があるんだなあって思ったのでした。実行力がある男性、やっぱり頼りになりますね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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2003年3月17日、イラクに先制攻撃となる空爆を行い、2日後の3月19日、アメリカ軍はイギリス軍などと共にイラクへの侵攻を開始します。このイラクへの攻撃に対しては、フランス、ドイツ、ロシア、中国などが強硬に反対を表明していたのですが、その反対を押しきっての侵攻だったのです(なお、国際連合で拒否権を行使できる安全保障理事会の常任理事国は、ロシア、アメリカ、イギリス、フランス、中華人民共和国の5ヶ国です)。イギリスでは、この侵攻に反対して、当時、閣僚が相次いで辞任しています。

イラクへの侵攻を正当化するために、アメリカとイギリスが主張した開戦の理由は次のようなものでした。

1.イラクは大量破壊兵器の保有を過去公言し、かつ現在もその保有の可能性が世界の安保環境を脅かしている

2.独裁者サダム・フセインが国内でクルド人を弾圧するなど多くの圧政を行っている

3.度重なる国連査察の妨害により、大量破壊兵器の廃棄確認が困難である

4.度重なる査察妨害によって、湾岸戦争の停戦決議である国連安保理決議687(イラクは大量破壊兵器を持たないこととする)が破られている

5.国際連合安全保障理事会決議1154で「いかなる侵害も、イラクにとって最も重大な結果をもたらすであろう」という、湾岸戦争停戦協定破棄条件の決議、つまり最終警告がされていた。

6.決議1441(イラクが武装解除義務の重大な不履行を続けていると判断し、イラクに、大量破壊兵器および関連計画について全面的かつ完全な申告を30日以内に提出するよう要求)では『最後の機会』が与えられたにもかかわらず、イラク側は査察に積極的な協力をしていない

7.フセインとアルカイダが協力関係にある可能性がある

つまり、湾岸戦争でイラクが敗れた後、イラクは大量破壊兵器(核兵器、生物兵器、化学兵器)を持たないことになっていたのですが、実は密かに保持しているのではないかと疑ったのです。そして、なぜ兵器の保持を疑ったのかというと、フセイン大統領が国連の査察を拒否し始めたからでした。

しかしイラク侵攻の後、実際に調べてみると、イラク国内に大量破壊兵器など存在しなかったのです。

ブッシュ大統領は2003年5月1日、演説して戦争終結宣言を出します。しかし彼は、イラクにはアラブ人とクルド人がいること、イスラム教徒といってもシーア派とスンニ派に分かれていること、そして、フセイン政権下でこうした人達が無理矢理にまとまっていたということ、こうしたことを知らなかったのです。

フセインは2003年12月13日に逮捕され、裁判を経て2006年12月30日、死刑が執行され亡くなります。フセインはスンニ派のアラブ人であり、イスラム教徒全体の中ではスンニ派は8割を超える多数派なのですが、イラクでは状況が逆で少数派でした。そして国民の過半数がシーア派であり、イラク国内では少数派となるスンニ派が支配層を占め、シーア派は被支配層を占めていたので、フセインが処刑された際にはシーア派の市民が歓喜し、スンニ派の市民は死刑を執行した政権を非難したということです。

イラク侵攻が終わり、フセインがいなくなった後、イラクではシーア派勢力、スンニ派勢力、そしてクルド人の勢力の三つが争いを始め、内戦が始まってしまいます。この内戦は2016年現在も続いているのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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勤務先でも、お稽古事を習う教室でも、そしてワールドメイトの支部でもそうですが、人間関係が面倒なので、と言って、お友達を増やしたりいろんな人と知り合ったりするのをいやがる方がおられますが、特別な事情がある場合はともかくとして、普通に支部に来ることができるような環境で暮らしておられるのなら、やはりできるだけいろんな人とお話しができてお友達も増えたほうがいいと思うのです。

深見東州先生の著作「絶対運」には以下のように書かれています。

「~『出会いのチャンスを大切にせよ』とアドバイスしたい。潜在する能力は、自己の内側を静かに眺めることによって開発されるものであると、多くの人々が信じ込んでいるし、信じ込まされている。だがそれは違う。才能は外部からの刺激によって啓発され、伸びるものなのだ。~(中略)~『才能は、自己の内部にいくら目を向けて瞑想しても開発されませんよ』と説明しても、はじめのうちはなかなか理解されない。内に眠っている能力は、外部からの刺激によってはじめて引き出されるものだからである。~(中略)~

 自らを取り巻く環境を考えてみることが一番の方法なのだ。その環境のなかでも最も影響を与えるのが、人との出会いである。~(中略)~

 このように、外部からの刺激(人との出会い)によって、自分では気づかなかった才能や資質を発見され、成長させられることが多い。それを自分の才能は何だろう、とにかく自力を出そうと自分ばかりを見つめていてもわかるものではない。

 自力、才能や能力の発見の端緒というのは、たいてい人との出会いによってである。どんな人物に会うかによってプラスの影響を受けたりマイナスの影響を受けたりするか、注意深く観察すれば、その見分けはすぐつくはずである。

 ある人物に会うと、お互いにジョークを連発しながら仕事のアイデアが次々に出てきたり、わけもなくヤル気が湧いてきたりする。また、ある人物といると、ちょっとしたことから大きいことまでいい事が起きるとか、自分のいい面がどんどん引き出されてくるといったことがある。」

(以上、深見東州「絶対運」より)

深見東州先生がどこかの会場でお話しになったのが(もうずいぶん遠い記憶なのですが…)、「…私が日本に生まれ変わって日本に居た時の縁がある人、これが大切なのです…」という内容だったのですが、要は何が言いたいかというと、自分の前世やその前の前世などで一緒に過ごした方にまた再び支部で出会ったりしているかもしれないのです。「絶対運」にはさらに、

「幸運をもたらす人との出会いというのは、とくに前世ですばらしい環境で、内面的にも経済的にも恵まれた生活をしていたときに築きあげられた関係の友人の生まれ変わりの場合が多いのである」

とあります。その人と会うと、自分の中の楽しかった時の素質や才能、幸せだった時の素質や才能が引き出されるのですね。

どの支部に行こうか、といっていろいろと悩んだり、支部を転々とされる方がありますが、「一番良き御縁の支部に行かせて下さい、自分も相手も皆がことごとく幸せになれる良き御縁の方がいる支部に行かせて下さいますように」と祈ってみるのがいいのではないでしょうか。

(つづく)

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イラクがクウェートに侵攻したことで始まった湾岸戦争の直接の原因は、イラン・イラク戦争にあったと言われているようです。

イランで起きた革命が中東の他の地域に輸出されることがないよう、イランを抑えるために戦ったのだ、というのがフセインの言い分でした。

クウェートは、もともとイラクの領域も含めてオスマン帝国の領土に含まれていたのですが、1899(明治32)年にクウェート地域を治めていた総督が自らイギリスに下り、イギリスの保護領になることでったことで後に国として成立した、という経緯があったのです。したがってイラクは共和制になって以降、クウェートに対する主権を何度か主張していたのです。

イラク→https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF/@33.2053979,41.4415209,7z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x1557823d54f54a11:0x6da561bba2061602?hl=ja

イラン・イラク戦争後、アラブ諸国の原油の生産量については、OPECでの話し合いによって価格維持の目的で各国に一定量が割り当てられていましたが、サウジアラビアやクウェートはその割当量を無視して大量に原油を採掘し、その結果原油価格が値崩れを起こしてしまいます。原油を輸出して外貨を獲得し国内経済をやりくりしていたイラク経済は行き詰まってしまったのです。

1990(平成2)年7月17日、イラク革命記念日での演説においてフセインは、「クウェートが割当量を尊重しない場合は、軍事的手段を取る」とクウェートを非難しています。

クウェート→https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%AF%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%88/@29.3141038,46.9313166,9z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x3fc5363fbeea51a1:0x74726bcd92d8edd2?hl=ja

サウジアラビア→https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2/@24.2109356,40.6146978,6z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x15e7b33fe7952a41:0x5960504bc21ab69b?hl=ja

クウェートのブルガン油田では、アメリカのメロン財閥が保有するガルフ石油とイギリスのアングロ・ペルシャ石油による合弁会社「クウェート石油」が生産を開始しますが、1975年にこの会社は国有化されます。クウェートでは石油が主要産業であり、世界第4位の埋蔵量があります(そのため、レンティア国家の一つに数えられる)。原油による豊富なオイルマネーによって、産業基盤の整備や福祉・教育制度の充実を図っており、ほとんどの国民は国家公務員・国営企業の社員として働いている、こういう国がクウェートです。

イラクとクウェートの間では、ルマイラ油田の盗掘、原油採掘の割当量違反、軍事拠点の件などを巡って非難合戦が続き、エジプトが仲介に入るのですがイラクが受け入れず、イラクが頼みにしていたアメリカも不介入の方針を打ち出したことが最終的なきっかけとなって、1990(平成2)年8月2日現地時間午前2時、イラク軍がクウェートに侵攻して湾岸戦争が始まったのです。

イランとイラクが戦った時には、欧米諸国はイラクが革命の防波堤となってくれることを期待してイラクを支援しました。しかしクウェート侵攻に際しては、多国籍軍を組織してイラクを撃退することになります。

イラクのクウェート侵攻後、サウジアラビアはアメリカに助けを求めます。そこでアメリカは「砂漠の嵐作戦」を発動し、サウジアラビアに軍を展開させるのです。

サウジアラビアは、石油生産のおかげで貧困にあえいでいたのが豊かな国に生まれ変わったのですが、この国で初めての油田を発見したのがアメリカの石油会社で、「アラビアン・アメリカン・オイル・カンパニー」を設立して石油を採掘してきた、こうした経緯があるため、親米国家となったのです。

しかしサウジアラビアにはメッカとメディナというイスラム教の聖地があります。この、イスラム教の聖地があるところに異教徒の軍隊が駐留したのです。敬虔なイスラム教徒たちは強く反発します。その中には、かのオサマ・ビンラディンもいましたが、彼はサウジアラビア国王を激しく非難し国外追放となるのです。

サウジアラビアは、アメリカ軍と親密な関係を持っており、アメリカ中央軍第3軍の部隊駐留を認めています。また、キング・ハリド軍事都市など国内に複数の米軍基地が配置されています。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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イラクイラク共和国、首都バグダッド)はメソポタミア文明が栄えた地そのものと言ってよい場所だということなのですが、古くから農業が行われ、様々な王朝が入れ替わり立ち替わりこの場所を支配してきたということです。

ウマイヤ朝(歴史上最初のイスラム帝国(661-750))が始まる前の正統派カリフの時代には、既にイラクはイスラム帝国の版図(=領土、勢力範囲のこと。)に取りこまれていました。ウマイヤ朝が亡び、アッバース朝が興ると、762年からバグダッドの造営が始まり8世紀末から9世紀初頭(790年頃~809年)には人口は150万人にもなり、当時、唐の長安とならんで世界最大の都市となったのです。バグダッドは、その造営に際して占星術が応用された都市としても知られています。インドからはゼロの数字をもつ数学が伝わり、インド数字をもとにアラビア数字がつくられたのです。また、数多くのギリシア語文献が収集されてアラビア語に翻訳されたことでも有名です。9世紀前半にバグダッドに建設された「知恵の館」では、プラトンやアリストテレスなどの著作が翻訳・研究されました。以後、バグダッドは、東方におけるギリシア学術研究の中心地となり、アッバース朝の下でバグダッドでは、ギリシャ・ペルシャ・インドにおける哲学・数学・自然科学・医学などの文化が融合して高度なイスラム文化が発達します。これはのちにラテン語に翻訳されてヨーロッパ文化の発展にも大きな影響を与えることになります。

話は飛びますが、様々な歴史を経て、20世紀にはイラク王国が成立します(1932年、昭和7年)。この王国はスンニ派が中心となる王国でしたが、1958(昭和33)年にクーデターが起きイラク共和国が成立します。その後1963(昭和38)年には二度のクーデターが起き、エジプト寄りの国家運営となります。そして1974(昭和49)年から1975(昭和50)年にかけて、サダム・フセインが権力を握ります。正式なサダム・フセイン政権は1979(昭和54)年に誕生し、翌1980(昭和55)年イラン・イラク戦争が起き、この戦いはおよそ八年間続きます(1988年停戦)。

そして、イラン・イラク戦争が終わってわずかな期間を置いて、今度は1990年にクウェートに侵攻、1991年からは湾岸戦争が始まることになります。

(つづく)

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tag : イラク バグダッド ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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支部などでお話ししていると、具体的にどのように努力すればいいのかわからない、という人がいらっしゃいますが、そういう人は「心がけ」を持つようにすればいいのではないかしらと思ったのです。最近そう思わされるようなことが、私の周囲で続いて起こったのでした。

具体的にどんなことがあったのかは申し上げられないのですが、どなたも会員のお友達に起きたことだったのです。そして、こういうことを申し上げるのは僭越なのですが、どなたの場合もなかなか自分の枠というか、今の自分というか、自分の限界を超えられなくて、成長が頭打ちになっているようにお見受けしたのでした。

いろいろな理由があるとは思うのですが、一つにはやはり「正しい心がけ」を持ってそれを実践する、ということが足りないからではないかなあ、と思ったのでした。

「御神示全集」を読んでいると、「心掛け」というセリフが出てくるのを目にします。

『修業というものは、
 体よりも心の工夫を
 もって第一とす。
 すべからく己の心と
 戦うべし。』
(p.65)

『目の上のたんこぶには良く気がつくが、
 足もとのいぼにはなかなか気がつかない。
 心がけ次第で、いかなる神界にも
 出入りが自由な魂となるなり。』
(p.70)

『妙と申すは、並やたいていの努力では体得できるものではない。
 ただ、ありままでとらえ、忍んで工夫し、体得するよりない。

 心がけ次第で達人にもなれば凡夫にもなる。
 その心とは、ただ時を惜しんで自分を否定し、打ち消し、
 新しいものを使いこなす自分を生み出すことである。』
(p.73)

こうした御神示がありますが、何といっても分かりやすいのは、こちらではないかと思います。

『心掛けをもて。
 修業に来ている者は、一般の人とどこが違うか。
 それは、日々の行いの中で、
 人の目にも輝かしく思える程の、
 よき心掛けをもち、
 かつ実践している所にある。
 神佛の道にめざす者が、
 一念発起して
 御魂を輝かすことなくして、
 いかにして神佛の加護と応援を得られようか。
 神佛の加護と応援なくして、
 人を助け、導き、救済することは
 不可能と言える。(以下略)』

というものですね。「一念発起して心掛けを持ち、それを実践する」、すなわち、「あることを成し遂げようと決心して日頃の心の持ち方を工夫し、それを実行に移すこと」、これが無いと神仏も応援してくれませんよ、ということなんですね。

ですから、「できない」と思ってしまう人、「できないなあ」と感じてしまう人は、とにかく発願して心掛けを持って、そしてそれを確実に毎日実践する、さらには「始めたことは決して止めない」と固く決心して死ぬまで貫き通すこと、こうすることで今の自分を乗り越えることができるようになるのではないかと思います。神仏の加護を呼び込んで自分の先天運を乗り越えていこうとするなら、無理矢理にでも自分を変えるしかない。こういうことではないでしょうか。

そして、無理矢理に自分を変えて、旧来の自分を乗り越えていって初めて、大いに神仏の守護がやってくるところとなり、大いに証が出ることになるのではないでしょうか。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ワールドメイトの会員になって楽しみなのがいろいろな御神業に参加することですね。神事や秘法がいろいろとあるので、そういうことに申し込むのが好きな人にはたまりません。でも申し込みをしたからといって、すぐに証が出る人とそうでない人がいるんですよね。

日頃、御祈願をしたり発願をしたりするとすぐに物事が開いていったり発展したりする人がいる一方で、なかなか物事が動かない、動き出さない、あるいは成就するのに時間がかかる、という人がいます。証がすぐに出る人と、証がなかなか出ない人というのはこれと同じですね。

神様の御心に適った行いを積み重ねてきた人の場合、だいたいにおいてすぐに証が出る、手応えがすぐ返ってくる、発願しても成就するのが早い、ということだと思います。要するに徳分があるわけですね。

それじゃあ証が出ない人、なかなか物事が成就しない人というのは徳分が足りないのかというと、確かにそれも理由として考えることができるのですが、もう一つ、とりあえず大切なことが挙げられますね。

それは何かというと、その時その場で必要なお祈りをきちんとしているか、ということだと思うのです。それこそ、その時その場で神様の御心に適う祈りを捧げることができたかどうか、ということですね。

関わりのある皆様が皆ことごとく幸せでありますように、といつもお祈りする。

必ず一日に30分は深見東州先生の著作や御神示録などの活字に触れるようにしている。

支部の集まりの際に、自分が頂くばかりでは悪いので、時にはお菓子を持っていく。

時間に余裕が取れる時は、3回のうち1回は支部開けをお手伝いする。

こうしたことは、すべて内修であり同時に外慈でもあるわけですが、正しく祈り正しい想いで行えば必ず徳積みになるわけです。そして、深見東州先生がおっしゃっているように、「本質をわきまえていれば、神仏は惜しみなく御利益(ごりやく)や証を与えてくださる」のです。

神事にしてみても、形の上で申し込みを済ませるだけでは不十分かもしれないのですね。現実的な手続きをした上で、正しい想いに基づいて正しい言霊で正しく祈りを捧げて初めて、申し込みをしたことが本当に神様に届くのです、と説明されていますね。皆の誠が結集するためには、正しい想いに基づいて正しい言霊で正しく祈りを捧げるということが必要不可欠であり、そのようにすると本当に斎庭ができて神柱が立ち、御神徳が顕現する、とパンフレットでも説明されていますね。

ですから、大切なのは、「神霊界の法則を理解した上で正しく祈りを捧げること」なのですが、さらに言うなら、この「お祈りができる自分に脱皮する」ために必要な要素が「心がけ」ではないかと思ったのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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かのフセインが大統領をしていた国といえば「イラク」なのですが、そのイラクはイランの西側に位置する国ですね。

https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF/@33.2053979,41.4415209,7z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x1557823d54f54a11:0x6da561bba2061602?hl=ja

現在、内戦が起きている「シリア」の東側に位置している国です。

このイラクも、シーア派(イスラム教徒全体の15%程度を占める)の人口が多い国です。

それでは「イラン・イラク戦争」はどうして起きたのでしょうか。原因としては、少なくとも二つの理由があるようです。ひとつは、両国間で国境を巡る問題が長い間くすぶってきたことが挙げられます。チグリス川とユーフラテス川は合流した後、シャットゥルアラブ川となってイランとイラクの国境地帯を流れ、ペルシャ湾に注いでいます。この国境地帯の領土問題と航行権問題、この二つの問題で両国は長きにわたって対立していたのです。

もうひとつの理由としては、隣国で起きた「イラン革命」を挙げることができます。この革命が契機となったのです。イラン革命の余波が自らの国に及んで、自分達の政権が打ち倒されるのではないかと恐れたイラクのフセイン大統領がイランを奇襲してこの戦争が始まったのでした。イラン革命自体は、もともとパーレビ国王の独裁体制に反対する勢力によって起こされた「民主化運動」だったのです。結局イランで政権を勝ち取ったのはホメイニ師が率いていたイスラム原理主義勢力だったのですが、彼らはシーア派だったのです。そして今度はイラクはというと、イラク国内ではシーア派とスンニ派の比率が逆転しており、イスラム教徒全体ではスンニ派が多数を占めるものの、イラク国内ではスンニ派は少数派だったのです。そしてフセインは、このイラク国内では少数派となるスンニ派に属していたのです。そこで彼は、シーア派によるイスラム革命がイラクにも飛び火するのではないかと恐れたのです。

イランでのイスラム革命は、1979(昭和54)年2月に反体制側が権力を掌握し、同年4月1日、イラン・イスラム共和国の樹立が宣言されて成就します。そして、革命の混乱からイランが完全にまだ脱していない1980(昭和55)年9月22日、この日の未明に、イラク軍が全面攻撃を開始し、戦争状態に突入したのです。

周囲のアラブ諸国はイラン革命が輸出されるのを嫌がり、イラクがイランを攻めるのを黙認します。親米だったイランのパーレビ国王がイランから逃げ出してアメリカに亡命していたのですが、この国王の引き渡しを求めて前の年、1979年の11月にアメリカ大使館人質事件が起きたことから、アメリカはイランとの国交を断絶しており、イラクがイランに攻め込んだことをひそかに支持します。イランはイラクに攻め込まれたことがきっかけとなって国内はまとまったのでした。

イラン・イラク両国の戦争状態は紆余曲折を経て1988年8月まで続き、8月20日に停戦が発効し、ようやくこの戦争は終わったのです。

(つづく)

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イランは、そもそもアラブ人の国家ではなく、ペルシャ人の国なのです。また、イスラム教徒の多数を占めるスンニ派(イスラム教徒全体のおよそ85%を占める)ではなく、少数派のシーア派(およそ15%)の国なのです。

イラン・イスラム共和国→ https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3/@32.3503541,49.191997,6z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x3ef7ec2ec16b1df1:0x40b095d39e51face?hl=ja

そして隣にあるイラクもシーア派の人口が多い国なのですが、イラク国民のイスラム教徒のうち、そのおよそ半分がアラブ人シーア派(50%)であり、アラブ人スンニ派はイラクのイスラム教徒全体のうちの25%、クルド人のスンニ派が20%です。

イラク共和国→ https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF/@33.2053979,41.4415209,7z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x1557823d54f54a11:0x6da561bba2061602?hl=ja

イランはペルシャ文明の発祥の地であり、イラクはメソポタミア文明の発祥の地です。どちらの地域でも、イスラム教が生まれる前から独自の宗教観が確立されていたところにイスラム教がもたらされました。イランとイラクとでは、シーア派を取り巻く状況が異なるようですが、特にイランでは、一見イスラム原理主義はそれほど徹底されていないように見えます。

実際、イランは他の中東諸国とはまったく異なっているようです。女性の社会進出が進んでおり、都市部では若い女性がジーパンをはいて普通に歩いているということです。また、聖者廟という過去のイスラム教の聖者を祀ったお墓がそこらじゅうにあって、日本人が神社に行くのと同じように、ペルシャ人がお参りに行くのだそうです。これは当然偶像崇拝だとみなされるため、スンニ派の世界ではあり得ないことです。

もともとサザン朝ペルシャだったところにイスラム教がもたらされたのが651年、サザン朝の滅亡によってウマイヤ朝の版図に吸収されてイスラム化が進みます(日本では大化の改新があったのが645年)。その後、19世紀にはイギリス、ロシアなどに植民地化されますが、ロシア帝国が革命で亡び、ソビエト連邦が成立してロシアの勢力が撤退し、続いてイギリス軍も引き上げて、1926(昭和2)年にいったんパーレビ朝が成立します。ところが第二次世界大戦の際に再びイギリスとソ連によって領土を分割されてしまうのです。パーレビ朝の下では独裁が進み、イランの石油事業をアメリカ・イギリスの企業が独占し、こうした企業にとって都合の良い国家運営が行われるようになります。1950年代から60年代にかけて、イランはアメリカの支援を受けて急激に発展し、「西欧化」を進めました。その結果、経済は発展する一方で貧富の差が広がり、国民の間に不満が募るようになったのです。

そうした状況下でホメイニ師が登場し、革命勢力を動かして1979(昭和54)年のイラン・イスラム革命を経て、今のイラン・イスラム共和国が成立したのです。イラン・イスラム革命の結果、ホメイニ師は最高指導者となり、イランではイスラム法学者による統治が行われるようになります。これはイランでもイスラム原理主義による政治が始まったことを意味しますが、すでに「西欧化」が進んでいたため、現在のイランは、イスラム教徒の国としては他の中東諸国とは異なる社会風景を見せるようになったのでしょう。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

昨年(2015年)、「天狗をガードマンに持つ秘法」が久しぶりに行われましたね。私の知り合いでこの秘法を受けて、大いに助かったという人がいますので紹介してみたいと思います。

普通の方は、天狗そのものが存在するのかしないのかわからない話だし、って思いますよね。そして、そんな天狗さんをガードマンにつけるって胡散臭い以外の何物でもない、って感じだと思います。でもこういう話が好きな人同士で実際にこの秘法を受けて、天狗さんに来てもらって、という話が始まると盛り上がるんですよね。果てしなく話がいろいろと続いてしまうので、今回もその中からお題に沿った部分だけを記してみようと思います。

ある会社にお勤めのRさん、四〇代の男性、もちろんワールドメイトの会員さんなのですが、この人が今回の「龍神をペットに、天狗をガードマンに、もろに出る御利益の蛇神を背後霊にもつ秘法」を受けたのです。この方はご夫婦で会員をしておられますが、今回はご主人だけが天狗さん秘法を受けたということでした。

この方は、社内でも重要なポストについており、いわゆる典型的な「中間管理職」として本社の「○○○○本部」の副本部長を務めている人です。今年に入って本部長だった人が事情があって年度末で退職することが決まり、しばらくの間副本部長が二人分の仕事をしなくてはならない、という状況となったのでした。また、新年度(2016年4月1日)からは、本部長に昇進するという可能性も見えてきたのですが、そういう状況の下で特に目上から、随分とプレッシャーを与えられることになったのでした。本部長としての仕事の引き継ぎ、部下の教育・育成、そして幹部社員・取締役への報告書をまとめなければならないといったことなど、今年に入ってから大変に多忙な状況が続いていたそうです。

そして、2月中旬から社長を始めとする取締役達も出席する経営会議に参加することが決まり、「○○○○本部」として担当する分野の今後の経営方針を説明しなければならなくなり、プレゼンの案を作成し、資料を準備した上で、当日、全参加者の前で一通りの説明をしなければならないという立場となってしまったのです。

さらに、その会議の直前になって新年度の会社の経営方針が大きく変更されることが決まり、「○○○○本部」として提示すべき指針にも大きな修正が必要となったため、何度も資料を作り直した挙げ句、経営会議に出て自分の担当部分を説明したところ、足元を見られ、揚げ足を取られ、散々に叩かれてしまったのでした。

こうして「ボコボコに叩かれてしまって」、精神的にかなり参ってしまった時に久しぶりにお会いしたのですが、お話をしているうちにRさんは自分がこの天狗さん秘法に申し込んでいたのを思い出したのでした(奥さんも多忙でご主人が申し込んでいたのを忘れていたのです)。

そこで、Rさんは何とかもうひと踏ん張りがんばってみようと気持ちを持ち直し、二回目の会議の前の晩に天狗秘文を上げて、関係者の人達のこと・会社のこと・お客様のこと・自分の部署の社員のこと、そして自分自身のことなどについて丁寧にお祈りしてみたのでした。会議の当日も始まる前にやっぱりトイレに籠もって天狗秘文を上げて、お祈りされたそうです。

そうしたところ、今度は落ち着いて説明することができ、前回のように緊張して説明を言い間違うようなこともなく、上司や社長、取締役達とも臆することなくやりとりができて、堂々と説明を終えて、会議を無事やり抜くことができたのでした。とにかく「反対派の取締役の一人が、いつもなら意地悪なツッコミを繰り返してこちらのやる気を削ぐようなことばかり言うはずなのに、今回は急に大人しくなった」のが本当に印象的だったそうです。それで、会議中は本当に堂々と渡りあえて、的確な説明を最後までやり抜くことができ、大いに評価されたということでした。

私は、Rさんの二度目の会議が終わった後に再びお会いしてこの話を聞いたのですが、この方は長く会員をしていらっしゃる人で、いろいろな御神徳や証しをいくつも体験してこられているのです。ところが、ここ最近はちょっと会社のことがあまりにも忙しくなり過ぎて、御神業との間に距離ができていたような感じだったそうなのです。そして、今回の件で改めて、お祈りすることの大切さや深見東州先生の秘法のすごさなど、いろいろと感じるところがあって、ますます毎日を御神業として大切に過ごしていきたいと思うようになったということでした。天狗さんの御守護を実感して本当に心強く感じた、とも話しておられました。

天狗さんに守っていただいていることを実感して、毎日益々明るく前向きにがんばってお仕事に取り組んでおられる様子を見て、私は、前向きな男性ってカッコイイじゃん、って思いました。もちろん深見先生の秘法のすごさや有り難さについても本当に納得させられました(自分ももうちょっと頑張って受けておけば良かったかなって思いました)。どの秘法も本当に一期一会のところがあるし、今後も深見先生のお取り次ぎという神徳を実感できる貴重な機会を大切にして、真摯に受けさせていただきたいと思ったのでした。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 天狗

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

中東戦争の結果、パレスチナに居住していたイスラム教徒たちが追い出されることになり、「パレスチナ難民」が発生することになりました。パレスチナ人は、1964(昭和39)年パレスチナ解放機構(Palestine Liberation Organization)という組織を設立し、話し合いによって「イスラエルの建国によって生じた諸問題」を解決しようとします。

ところが、1969(昭和44)年、ヤセル・アラファトがPLOの指導者に就任した時から、組織は一変し、「武力を行使してもパレスチナの土地を奪還する」という方針に転換します。この時からPLOは「反イスラエル」のテロを世界中で始めるようになります。

しかしその後、1993年9月13日にオスロ協定が調印されます。イスラエルとPLOとの間で、パレスチナ人の暫定自治の原則が宣言されたのです。結果として、パレスチナ人が多数居住しているヨルダン川西岸地区(いわゆるウエストバンク)とガザ地区(地中海側の帯状の地域)を暫定的に自治区として認め、自治が承認されたのです。

この協定に調印したのは、イスラエル側の代表であったラビン首相とPLO側の代表であったアラファト議長でした。イスラエルのラビン首相は、2年後にテルアビブでカハネ主義者(人種差別主義の一種。ユダヤ民族が最も優れた民族だと考える主義のこと。)のイガール・アミルに射殺されます。アラファトは2004年、ウエストバンク(=ヨルダン川西岸)の大統領府からフランス・パリに移された後、脳出血で亡くなります。

アラファトの発揮していた求心力が失われると、PLOは二つの分派であるファタハとハマスに分裂します。ウエストバンクはファタハが支配し、ガザ地区はハマスが支配することになります。

イスラエルは、ハマスをテロリストだとして退け、主流派だとしてファタハを相手に和平交渉を重ねてきました。ところが2014年に入ってこのファタハとハマスの和解が成立し、再びパレスチナ統一政府を作ろうという流れになったのです。

これに対してイスラエル側は和平交渉の中断を宣言し、イスラエルとパレスチナという二つの国家が共存するための話し合いは暗礁に乗り上げてしまいました。

中東問題の解決の先行きは、全く見えていない、というのが現実のようです。

(つづく)

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