ワンクリック、プリーズね!


最新トラックバック


プロフィール

ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


最新記事


最新コメント


カテゴリ


月別アーカイブ


FC2カウンター


カレンダー

08 | 2015/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

ブロとも一覧


ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ずいぶん前にあった、ある支部の話です。

その支部はなかなか活動が盛り上がらなくて、困っていたんですね。低空飛行が続いていたのです。

人間関係の揉め事も続き、本来支部として取り組んでいきたいとみんなが思っていた御神業にもなかなか打ち込むことができない状態が続いていました。

そこで、いよいよ支部長が意を決して産土参拝に出かけて、御祈願することにしたのです。

「どうか私達の支部で、いっそう素晴らしい御神業の毎日を送ることができますように。支部に所属する全ての会員がことごとく幸せとなりますように。皆が一人ももれ落ちること無く、神なる導きを賜り、一人一人の生業がますます発展し繁栄していきますように。現在○○人の会員の皆様が所属していますが、これらの人達の守護神、守護霊、御魂様が喜び、納得、感激、感動し、一丸となって盛り上がっていくことができますように。○○人の会員すべての方々に対して、神様のお取り次ぎが出来ます様に。所属する○○人の会員、全ての会員が、ことごとく神なる導きを実感し、その素晴らしさとその有り難さを実感できて、ことごとく幸せとなりますように。そして、皆にとって、支部の運営がより良き内容となりますよう、間違ったところ、ずれているところ、気づかねばならないところをことごとく教えていただいて、それらすべてをことごとく改善していくことができますように(以下略)」

とかなんとか、お祈りを捧げたのだと思うのですが、とにかくこんなふうにお祈りして二十一日間、御祈願したのだそうです。

そうして、満願の日の二十一日目の御祈願を終えて数日したところで、その支部長の勤務先で異動の発表があり、支部長は転勤が決まったのでした。その結果、支部で支部長として活動することが現実的にできなくなり、別の人と交代することになったのです。

結局、神様の目から見たら、その支部長こそが支部の運営にとってのガンとなっていたわけですね。

あくまで推測で言うのですが、こうした場合、支部に来られる皆さんの中にも支部の行く末を思って、いろいろと祈りを捧げていた人がいらしたことでしょう。いよいよ皆さんの想いが集まって、そして同時に天の時が来たために、こうした結果になったのではないかと思います。

正しく祈りを捧げるなら、本当にちゃんと神様が聞き届けて下さって動いて下さるのですから、こうした話を耳にするたびに「本当に素晴らしい斎庭に居させてもらっているんだな」と思うのです。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング
スポンサーサイト

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

私の知人の家族の話です。

首都圏にお住まいのあるその一家は、家族全員がワールドメイトの会員です。

特にご夫婦が熱心にご奉仕をしておられます。

先日、武道館でのコンサートの際に、ご主人にお目にかかって伺った話なのですが、先祖供養の証だと思うんだよね~ということでしたので、ご紹介したいと思います。

今回、ご夫婦で話し合って、ご主人の実家の父方・母方の寿符はしっかりと申し込まれたということだったのですが、玉串がちょっと足りないという話になって、奥様が自分から「私の実家は今年はやめておきましょう」ということになったのだそうです。

そういうことで、ご主人が、自分の両親の実家の寿符は申し込みを無事済ませたのですが、いざ帰ろうという時になって、どうしても気持ちが落ち着かないのでやはり奥様の実家の父方・母方を追加で申し込みしたのでした。これは結局奥様には内緒での申し込みになったということです。

無事先祖供養も終わり9月に入って、いよいよ今月は武道館だね~なんて言っていたところに、突然奥様の実家から大きな荷物が届いたのだそうです。

中身を開けてみると、ご主人の大好物、奥様の大好物、子供達の大好きなものまでもれ落つることなくたっぷりと入っていて、その晩は家族でおおいに盛り上がったそうです。

さらには、その時以来奥様がとっても機嫌が良くなり(もちろん元々落ち着いた方なのですが)、なんとご主人が以前から欲しがっていた○○(ちょっと珍しい趣味の品で、普通はなかなか見当たらない)をコンサートの直前にサプライズでプレゼントしてくれたということなのです。話を詳しく聞くと、ご主人が○○を欲しがっていたことを覚えていて、それが新古品で非常に安い値段で売り出されていたのを、たまたま街を歩いていた時に見つけたのだそうです。

ご主人にしてみれば、奥様の実家のご先祖の皆様に申し訳ないから、という想いで淡々と寿符の申し込みをされただけのことだったのですが、今となっては、「もしかしたら奥様のほうのご先祖も動いて下さったのかも」と感じたということでした。

どう受け取るかは本人の自由なんですが、やっぱり自分も人も楽しくなるように受け取るほうがいいですよね。やっぱり、「奥様のご実家のご先祖の皆様もお喜びになった」ということですよ、きっと。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

いや~大成功でしたね!深見東州先生の武道館での単独コンサート!

始まる前から会場は熱気でムンムンしていましたね。客席もほぼ売り切れ、99パーセント満席って感じで、ほとんど空席は見当たりませんでしたね。

今までの総集編といった内容で、どんどん歌って下さって会場全体が大盛り上がり、オーケストラもストリングスとブラスが左右に陣取って過去最高に素敵なサウンドになっていましたよね。

これまでのキーボード、ギター、ベース、ドラムスの演奏に弦楽器と管楽器が入ったオーケストラの演奏が加わって本当に厚みのある素晴らしい音になっていました。とっても感激して何度も泣きそうになってしまいました。

個人的なベストトラックは「想い出のサンフランシスコ」でした。深見先生の声が良くて、本当に感激して感動してしまいました。深見先生がこの曲を歌っている時に、思わず涙ぐんでしまって、「めっちゃいいわ~」って何度も呟いてしまいました。

そしてもう一曲、本当に感動してしまったのは、アンコールで再登場する前の最後の曲、クイーンの「We are the Champions(邦題…伝説のチャンピオン)」。もちろん元の曲もいい曲なんですが、あのタイミングで最後の曲として演奏されてしまうと、もう感極まってしまって涙、涙、となってしまいました…

来年はもしかしたらもうコンサート自体が無いかもしれないのに、もうちょっと知り合いに声をかけておけばよかったかな(もちろん今回もいろいろとお誘いして一緒に武道館に行ったんですけど)、ってちょっと後悔してしまいました。声のかけ方が足りなかったかなって思ったんですね。

この先も一度きり、それっきりの御神業がたくさんあると思いますが、後悔しないように参加していきたいなって思いました。

深見東州先生、本当にありがとうございました。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング
ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日、深見東州先生の「神霊界」を読み直していたところ、次のところが目に留まりました。


「人欲を捨てて聖人に至れば『良知』が自ずから現れる。この『良知』は普通の知ではない。聖人のみが持つ知であり、全て理にかなう方向を示す知である。それゆえ、『良知』に従って生きるならば、いわゆる達人、聖人の生き方ができる」…

……「座禅なんかしたって、それだけで聖人にはなれっこない。瞑想したくらいで聖人になれるなら、これほどやさしいことはない。本当の修行とは日常生活の中で行うものなのだ」

つまり、役人は役人という仕事の上において人欲をなくし、教育者は教育者という仕事の上において、本来の良知を出す修行をしなければならないのだ。このように、日々の生活や仕事の中で人欲をなくし、聖人になる修行をしなければならないと、王陽明は説いたのである。そして彼は、こうした日常生活の中での修行を「事上錬磨」と呼び、これこそが最も大切であると主張したのである。……

王陽明は、山の中での修行は本当ではないという。深山幽谷で瞑想にふけっても、あるいは滝に打たれ断食しても、日常生活に戻ったとたんに欲望にかられたり、みだらな妄想にかられたとしたら、何の意味もないではないか。それより、日常生活の中で欲望を捨てるほうが、はるかに困難ではないか-このように、王陽明は説いたのである。曰く、「山中の賊を征するは易く、心中の賊を征するは難し」と。……



この部分というかこの本そのものをもう何度も読んでいるので、この内容を知らないわけではないのですが、「知っている」ことと「実際にやって、やり抜いた。貫徹した」ということとの間には大きなへだたりがあるんですよね。

だって、街を歩いていてちょっと美味しそうなケーキ屋さんがあると、立ち止まって見てみないではいられないじゃないですか。それで美味しそうなケーキの新作が売り出されていたりしたら、食べてみないわけにはいかないんですよね~

それで、こういうことを何度も繰り返していると、「今年こそやせる!スリムになる!」って何度発願してみても、どうしても目標を達成できなくて無残な結果に終わってしまうのです…

日常生活の中で、その時々に出会ういろいろな誘惑や出来事によって、一見静かに保たれていた自分の想念がいとも簡単に揺り動かされてしまう…本当によくあることですよね。

「事上錬磨」と言葉で言うのは簡単ですけど、いざやってみるとなかなか大変だなっていつも思います。みなさんはどうですか?

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

昨晩、私の家族の中の一人が、帰宅して開口一番、「実は変な客にからまれてちょっといやな目に遭ったんだよね」と言い出したのです。

彼女は久しぶりに大学生の時の同級生二人と会うことになって、会社の最寄り駅のそばの喫茶店、それもちょっと落ち着いた店に入り、とりあえず一時間くらいお喋りして、それで帰ってきたところだったのです。

で、三日前の夜のことなのですが、彼女はまた別の友人からお花をもらって帰ってきたのです。この時にもらってきたお花が黄色の「オンシジウム」という花でした。

それを見て私は、「まあ大丈夫だと思うけど」と独り言を言いながらそのまま寝て、その次の日は無事何事もなく過ぎていき、そしてさらに次の日、つまり昨日のことなのですが、彼女が大学時代の同級生に会うということで喫茶店に行ったのですが…

そうしたら、三人で話していていよいよ話が盛り上がった時に、隣のテーブルにいた男性から因縁をつけられたということなのです。「ちょっとうるさいから静かにしてくれないか」といった内容のことを言われたらしいのですが、三人とももう子供ではない歳ですし、世の中の常識もわきまえていますから、静かな喫茶店で大声ではしゃいだりはしません。ごく普通の声量で、場所柄をわきまえて普通に話をしていたらしいのですが、そうしたところいきなり隣のテーブルにいた男性からにらみつけられながら注意されてしまったのでした。

結局、座が白けてしまったので、そのままお開きにして解散したということなのですが、帰宅してから「なんで普通におしゃべりしているだけなのにああいう言われ方をしなけりゃならなかったのかな」なんてちょっとの間、ブツブツ言ってましたね。

その話を聞いたところで、私はお花を片付けて処分したのでした(ちょうど花がもう枯れてしまって駄目になってきていたので)。

それでいよいよ、今日になるわけですが、もう一人の私の家族が、「珍しいことがあったよ」というのでさっき話をしてくれたのです。

今度は彼が、昼間、マクドナルドで食事をした後、読書していた時の話なのですが、この時、彼は、自分の趣味である絵画に関係のある本を読んでいました。そのマクドナルドは、子連れで来る客も多く、ルノアールよりは「ややにぎやかな」ところのようです。この時、彼の左隣には母と娘といった感じの女性二人、右隣には一人で来た女性、そのさらに右側には三~四歳くらいの男の子とその母親が座っていて、左側の母娘も、右側の男の子も、どちらもかなり「にぎやか」だったそうです。特に男の子はかなり大きな声で叫んでいて、普通に考えれば「うるさい」というレベルだったらしいです。

ところで、この時彼が読んでいたのは洋書で、英語で書かれた美術解説書を読んでいたのでした。本人は昼休みの休憩の際に、いつもそのマクドナルドで美術関係の本を読んでいたのだそうです。

そして、毎回、章立ての頭からおしりまでまずさっと目を通した後に、要点を拾い出してもう一度音読して理解を十分なものにするというやり方で、読むことにしていたのです。ですから今日も、頭の中を整理して要点把握のためにごく低い小さな声で音読していたところ、先程の隣の女性から「ゆっくり昼休みを過ごしたいと思ってきているのに、ブツブツうるさいわね、静かにしてよ」と突然言われたそうなのです。

彼は、そのマクドナルドで、これまで人から「うるさい」などと言われたことはなかったのです(周囲の、カップルや親子といった人達の会話のほうがたいていずっと大きな声なので)。今日も、その女性の右側にいる子供さんのほうがよっぽどうるさかったはずなのです。その歳頃の子供は声の大きさをコントロールできませんからね。

それで、彼が言うには、「そんなことを言われたのは初めてだったので、本当にびっくりしてその女の人のことが恐くなったよ。だから、その後はじっと息をひそめて、ひたすらその人が店を出て行くのを待ったんだ」ということでした。

ここで私は、「もしかしてお花の働きって実はそれなりに大きなものがあるのかも」と思ったのでした。なにしろ昨夜捨てた「オンシジウム」は、リビングの花瓶に活けてあって、その二人の家族はちょうど花瓶のすぐそばに座って過ごしていたからなのです。そしてこのお花の意味はというと、「花の伝説」で見てみれば分かるのですが、実は「迫害に遭う」というものなのです。

ちょっと話は長くなりましたが、要するに、(残念ではあるけれども)悪い意味のお花は家の中に飾っておいては駄目なんだな~と改めて「勝手に」納得したのでした。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

 | ホーム |