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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

神様なんていっても信じられないし…かといって守護霊と聞くと信じてもいいような気はするけど、っていう人がいました。目に見えない存在について、受け入れたいと感じているように見えるのですが、今、世の中にある宗教団体に入るのはいやなんだそうです。

そういうことなら最初はとりあえず神様のことを信じなくてもいいと思うんですけど…

そういう人でも初詣とか、七五三とかにはやっぱり家族で行くわけなんですけどね…

守護霊さんはどんな人にも憑いていますから、神様のことが好きになれなくても、とりあえず守護霊さんにお祈りしてみればいいんじゃないかと思うんですけどね。自分の親の親のそのまた親の親の中で、修行ができた人、神様からお許しをいただいている人、が守護して下さっているわけですけどね。

私が一番最初に守護霊に試しにお祈りしてみたのは、深見東州先生の「強運」を読んだ後だったのですが、その時はこんな感じでした。

ある時、部署は違うけど同じフロアだという三人組みで揃ってお休みをいただけたので、関西地方を旅行していたのです。ところが、その日は後輩の女の子たちがちょっと暑さでバテてしまって辛そうだったんですね。JRの自由席で移動するところで、特急列車が駅に入ってきた時たったのですが、私は「人の幸せを祈ることなら守護霊様も願いをきいてくれる」というのを思い出して、「守護霊さま~、どうかこの子たちが座れて、落ち着くことができますように、それで私も一緒に座れるとありがたいです~よろしくお願いしまーす」っていう感じでちょっとあっさり目にお祈りするというか念じるというか、やってみたわけです。

列車が停車したので、乗り込んでいって座席の様子を見回してみると、ちゃんと三人座れるように、なんと目の前の一列だけが、席が空いているじゃないですか。

それで横一列に並んで、彼女たちを座らせて、私も一息入れることができたのです。

これで私は癖になってしまって、次々と深見東州先生の本を読むことになっちゃったんですけどね。

それから入会して会員になって、今に至るわけですが、ちょっと前なんかも、事前に落ち着いてお祈りしてから、相談に乗ってあげて、その最中にも、「この人が必要としていることをお話ししてあげることができますように」なんて相手の守護霊さんに投げかけつつお話ししていると、上手くいくことが多いように思います。

だから、自分の守護霊さんとお話ししてみるつもりで、お祈りしてみたら、っていうところから話を始めて、そこから強運を読んでもらったりしてみてもいいかと思うんですけどね。

なんだかまとまらない話になりましたけど、とにかく自分の守護霊さんや相手の守護霊さんと意思疎通しながら進めると、物事がうまくいきやすいんじゃないかと思いますよ。

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tag : ワールドメイト 深見東州 守護霊 強運 初詣 七五三

ドン・パスクワーレ、行ってきましたよ~

みなさんと一緒に、笑ったり、ため息をついたり、拍手したりして、盛り上がってしまいました~楽しかったですね~、そして深見東州先生の声も素敵でしたよね~。深見先生がビンタをされるところではみなさん思わず「あー」って声をあげていましたよね。客席の反応も息があってましたね~。

当日は、まず客席にすわってパンフレットを見て、それから読んで、「期待しちゃだめ、なんて無理~!」って感じで早速盛り上がってしまいましたね。

それから今度は舞台のほうを見上げると、あの緞帳(どんちょう)っていうのか、幕に、ポスターというか英語で何か書いてありましたけど、あれを見て、「いよいよなんだな~」って感じになって。それでそのまま最初のアナウンスを聞いて、静かに待っていると、深見先生が出てこられたんですよね~。

それでいよいよ音楽とセリフ(というか歌)が始まったわけですけど、長椅子でねそべったり、お祈りする振りをしたりして、ついつい笑っちゃいましたよね。日本語のセリフも途中で入れたりして、本当に上手に笑わされてしまいましたけど、ああいうのって即興だったんでしょうか?

イタリア語のセリフが早口で連続する部分もありましたけど、ちゃんと歌っていらっしゃいましたね。

そして舞台美術、今回も相変わらず素晴らしかったですね。建物が三つに分かれて、回転して再び中央に戻ってくると、さっきまでお屋敷の内側だったのが今度は外の街路になっているんですから驚きました。すてきな舞台セットでしたよね。以前、ローマに行ったことがあるんですけど、あの舞台セット、なかなか上手に、そして丁寧に作ってあったと思いますよ。もう一回行きたいなーって思い出したりしましたからね。

今回のオペラは、オペラオーストラリアの公演に深見先生が参加されている、という形だったのですが、深見先生が主演、という感じではなくて、エルネスト、マラテスタ、ノリーナ、そしてドン・パスクワーレの四人が主要なメンバーで話が進んでいく、ということだったんですね。

他にも同じような意見がありましたが、あのノリーナ役の女性のソプラノが本当に上手でしたね。オーストラリアでも賞を取れられた方みたいですが、素晴らしいと思いました。(でも個人的にはマラテスタ役の男性がわたしの好みでしたけど)

毎年思うのですが、こういう機会でもなければなかなかオペラなんて行かないと思うし、やっぱり今年も行ってよかったですね。

深見東州先生、素晴らしい公演を今年もありがとうございました。

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tag : オペラ ドン・パスクワーレ オーストラリア 深見東州

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

自分がどういう親のもとに生まれてくるのか、もっというなら、自分がどんな家、どんな環境のもとに生まれてくるのか、それは、たまたま決まったものではないということですね。

そういう両親のもとに生まれてくるのには、あるいは、そういう環境のもとに生まれてくるのには、すべて必ず理由があるのです。

そして、そのわけはというと、自分でわざわざ神様に発願して(=願い出て)そうなっている場合と、自分が生まれ変わっていくのに、前世の劫があるために、ここまでしか希望をかなえてもらえない、ということで、制限付きで生まれてきている場合と、大きくわけるとこの二通りにわけられると思います。

両親は前世自分の家来だったり、あるいは前世自分の弟子だったり、または、自分の兄弟姉妹だったりすることも結構あるみたいで、とにかく今世で親子とか兄弟姉妹とか、あるいは夫だったり妻だったりするわけですから、浅からぬ縁があるのは間違いないみたいですね。

「人は、誰でも、自分の前世のカルマ、すなわち劫に従う形で、それぞれの家に生まれてくる」という法則がある、ということでしたから、今世で家族として一緒に生まれてきている、ということは、「家の徳」と「家の劫」を共有しているわけですね。自分の生まれた家に何か強く縁があるのは間違いないわけです。そういう集まりが「家族」なわけですから、家代々の怨み霊を、あなたが救霊(=除霊)を受けて救うなら、家族全員が運が好転していくことになるのですね。

しかし、同時に、ひとりひとりに固有の、個人の生まれ変わり死に変わりの徳と劫というものもありますので、その違いが、お姉ちゃんは幸せに結婚したのに、私だけいまだに独身とかいう違いになってくるのかもしれませんね。

そしてさらには、今世で積んだ徳と劫というのも今の運命に関係してきますよね。10年前から一生懸命勉強して資格や免許を6年前に取得した、なんていう場合だと、その6年前の免許のおかげで今の収入が得られている、ということになったりしますよね。結局、10年前に一念発起して内修の徳を積んだことが自分の才能の開花につながり、10年後の今の運命に良い影響を与えたわけですからね。

今世だけでなく、前世、前々世、さらにはその前の前世から、今に至るまで、何か自分が志したこと、意義を見いだしたことといったものが積み重なって、今の自分を作り上げている、ということですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 家族 前世 自分 生まれ変わり

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

どうしてこんな両親のもとに生まれてきちゃったんだろう?なんて考えたことはありませんか。あるいは、中学生の時にもっとこういうことを教えておいてくれたら、ずいぶん楽だったのに~とか思ったことなんて、ありませんか。

なかなか思うように、自分で考えるように「かゆいところに手が届く」というわけにはいかないのが、自分の親なんだ、なんて思っている人もいるかと思います。

でも、実は、自分がどういう親のもとに生まれてくるのか、それは、偶然に決まっているのではないんですね。そういう自分の両親のもとに生まれてくるのには、必ず理由があるのです。その理由を考えることなく、自分の親を責めたり、親のことで愚痴を言ったりするのは間違っているんですね。

じゃあ、自分が、自分の両親のもとに生まれてきた時の理由というのは何でしょうか?

実は、「人は、誰でも、自分の前世のカルマ、すなわちに従う形で、それぞれの家に生まれてくる」という法則があるのです。このことをまず知る必要があります。

カルマとは、善きにつけ悪しきにつけ、強い傾向となって人生の中に表れ出てくるもの。

そして、そうした傾向を具体的な成果として結実させたり現実化させたりするのは、本人の、その時その時の精進努力である。神業的ないいかたをすると、「ただ今ただ今に生きる」ということです。

だから、努力してその悪い人生の傾向を克服した人は、悪いカルマを努力で乗り越えたといえるのです。

悪い御魂と良い御魂との違いはどんなふうに目に見える形で現れるのでしょうか。前世で悪行を行った御魂と、逆に、前世では修養を積み、人の生きる道を守った御魂との違いは、例えばどんなふうに現れるのでしょうか。

前世で、親に悪行を為した御魂は、今度は、今世で子供を虐待する親のもとに生まれてきて、前世で自分が為したことの報いを受けることになります。この場合、本人には選択の余地はなく、強制的に生まれ変わらされます。

ところで、前世で学問を積み、人倫の道を守った御魂の場合だとどうでしょうか。実は、こうした御魂の場合は、ある程度までは自分の意志によって、生まれ変わる先の家を選ぶことができるのです。

それぞれの御魂の前世でのあり方が霊界の位置を決定し、前世で積んだ善し悪しのカルマと、生まれ変わり死に変わりしてきた中で累積した善し悪しのカルマとが足し合わされて、人がこの世に生まれてくる時の環境が決められるのですね。(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 カルマ 御魂

深見東州先生の「大除霊」をしばらくぶりに読み返して、いろいろと思うところがあったのですが…。

性格想念の発信源になっていて、そこから様々な霊を呼び込む結果となっている、ということでしたね。

ですから、良いものに通じるような想念が出るような性格、自分の性格をそういうものに変えていけば、良い守護をいただけるような自分になれる、という話になったのでした。

「大除霊」には、

「『生まれながらの心が今日まで格(いた)った結果』が今の性格であるから、新しくよき心を抱き、善行を積み重ねていけば、やがては善なる性格が新たに形成されるのである。」

とあります。

ところが普通に暮らしていたのでは、やっぱり善き心ばかりを抱き続けるのは、なかなか難しいところがありますよね。

私たちの毎日の生活というのは、例えばこんなふうですよね。通勤電車はすし詰めで、ドアのそばに立ったままで通せんぼをされたりする。目の前のおじさんはちょっと汗臭かったりするし、会社では上司の指示がわかりにくかったりするし、部下はなかなか思うように動いてくれなかったりする。外回りに連れていってもらっても、道路が渋滞していて車がなかなか動かなかったりするし、ランチを食べようと思っても自分の順番が来るまでに30分もかかったりする…

毎日の生活で、いろいろと困ったりいやなことがあったりするわけですけど、同じこと、同じものを見てプラスに受け取るか、マイナスに受け取るか、差が出てきますね。しかし、その差に、善霊からより影響を受けているのか、それとも悪霊からより影響を受けているのか、その違いが出るみたいですね。

ところで、悪霊の影響を避けて善霊の影響だけを受けるようにしていけば、前向きな自分に変わっていけるわけなので、悪霊の影響から脱出する方法を知って実行したらいいわけですね。

それではそのためにはどうしたらいいのか。

それは、「良い人格だけが本当の自分の人格だと確信する」、「マイナスの想念が出てきたら、これは自分ではないと言い聞かせる」という「自分に対する言い聞かせ」を徹底する、ということになるようです。

暗くて重くて退廃的でマイナス思考な自分は、もう本当の自分ではないと自分自身に言い聞かせるわけです。そうするとおのずからプラスの人格が自分のほうに引き寄せられてくることになります。

プラスの人格というのは、「明るい」「前向き」「発展的」「芸術的」「周囲と調和している」「人を許す=寛容」ということですね。

しかし、マイナスの自分を否定し続けて、毎日続けていくためには、「意志力」が必要です。

そして、どんな時、どんな状況に置かれても投げ出さない・諦めないという「本物の意志力」を体得するためには、学問、教養、正しい信仰力の三つが必要になってくるようです。

学問と教養を磨くためには、(詳しく細かく考えていくとキリがないのですが)良い師につく、良い本を読む、世の中を広く知るよう努める、ということになるでしょうか。

正しい信仰力というと、神様に日々どういう祈りを捧げ、神様を意識して日々どういう振る舞いをして、どういう生活を送るのか、といった感じでしょうか。

ちょっと抽象的になってしまいましたが、要は、正しい良し悪しの判断がいつでも確実にできるような自分を作っていければいいわけですね。

で、その時に最も大切な鍵となるもの、それが「素直である」ということなのです。

素直でないと、人から諭されても、正しく受け止められないのですね。

素直でないと、本で読んでも、正しく入ってこないのです。

素直でないと、世の中の大多数の人が考えるようには考えられないので、世の中の大多数の人が考える「常識的なところ」から逸脱します。

素直でないと、祈るべき内容の軽重、すなわち物事の優先順位の判断を誤りますから、お祈りをしても大切なことが祈れていないのです。

素直でないと、皆がするように普通にするのはいやだと考えたりするので、生活が歪みます。皆が良いというものを良いと言えなくなったりするのです。

だから、やっぱり素直な自分を作り、素直な自分を保ち続けること、これが一番大切なことではないかと思うんですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 性格 想念 素直

深見東州先生の「大除霊」、何回読み返してもいいですね。飽きないで何度でも読んでしまうのですが、この「大除霊」と「大天運」、そして「神霊界」の3つが、たくさんある著作の中でも最も素晴らしいんだとおっしゃっていましたね。

それはともかく、「大除霊」には、性格を改善すれば運勢が変わる、という内容の部分があるんですね。

霊が直接的に影響を与えているのはひとりひとりの性格なのです。性格ができあがるまでに、霊の影響がいろいろとあるんですね。

何を見ても自分中心にしか考えられない利己的な人は、やっぱり悪霊の影響を強く受けていることが多いようですね。こういう人は、結局その性格の悪さのせいで、社会生活でつまづいて、みずから運勢を閉ざしてしまうことになりがちです。

他に、悪霊の影響を強く受けているケースといえば、やはり暗くて何でもマイナスにしか受け止められない、という場合ですね。性格が暗くて想念が消極的なせいで、やっぱり自分から不幸を招いてしまうことになりますよね。

逆に、神霊界からの良い影響を受けている場合、やっぱり明るくて発展的、というふうになるみたいですね。

でも実際には、どんな人でも、そのひとりの性格の中に善悪が混淆(こんこう)しているのが普通ですから、誰でも長所と短所が入り交じっているわけですね。そして、その人の性格に応じてその人の持つ想念の世界というものができあがります。さらに、その想念の世界にふさわしく、善霊や悪霊が呼び込まれてくる、ということなんですね。

性格が想念の発信源になっていて、そこから様々な霊を呼び込む結果となっているのです。

ですから、良い存在、すなわち、善神や善霊と通じ合うような性格に自分を変えていけば、守護神守護霊からの守護をどんどんいただけるような自分になることができる、つまりは運の良い人になれるのです。(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 性格 守護神 守護霊 悪霊

ワールドメイトでは、最も素晴らしい神通力とは「愛と真心」だとしています。霊能力を持っていることが素晴らしいのではありません。

巷の霊視霊感は、狐の霊や蛇神(だしん)が見せているものがほとんどで、霊能力として高次元のものだとはいえないそうです。

ワールドメイト救霊をお取り次する時には(普通にいうところの除霊をする時、ということ)、自力だけを発揮するのではなく、本当に丁寧に祈りを捧げて、原則に基づいて行いますからね。

邪霊の集団の中には、高度な霊力を表す能力を備えているものたちもいて、その場合、「表象能力」を発揮することも多いそうです。それはつまり、いろいろな姿に「化ける」ことができるということで、そうすると中途半端に霊視霊感がある人の場合、そのためにかえって騙されて、正しく救霊を取り次ぐことができなくなります。それ故、神仙に通じる、愛と真心という最高の神通力を磨き、愛と真心でしんしんと祈って、本当の神仏に動いていただいて霊を救済するのです。これは、すべて天から来た、すなわち天来の法則と方法を用いてなされるお取り次ぎなのです。

ワールドメイトでの救霊をなぜ除霊といわないのかというと、それは、巷の除霊のように霊を単に取り除いているのではないからです。一人ひとり、救霊を受けようとすると、確かに様々な怨念霊や、動物霊といった邪霊が憑いているのですが、基本的にはすべてそうした悪霊を愛と真心で言向け和(ことむけやわ)すのが救霊です。それは、自力と他力が合一して、霊たちを改心させ悟らせて、その上で本当の神仏が改心した霊たちを救うという「神法」なのです。この方法で霊を救済すると、二度と再び戻ってくることはないのです。この点が、巷の行者や霊能者が行う、行力や霊力で無理矢理にはねのける除霊とは根本的に違うところなのです。力でねじ伏せたりはじき飛ばすようなことをしないで、愛と真心という最高の神通力で霊たちを救うという、ワールドメイト救霊の優れた点なのです。

ワールドメイトの認定した救霊師は、自力、すなわち自分の霊能力や行力で霊たちに働きかけるのではないので、霊が見えたりはしないし、どこにどれだけどのように霊が救われたりしたのかについても、わからないのです。それを霊が救われる様が見えたりわかったりしないとおかしいと考えるのは、正しい霊的法則を知らないからそのように間違って思い込むのです。

救霊師を巷の霊能者と同じように考えて、霊視ができたりや霊感があるのだと勘違いして質問したりするのは止したほうがいいのです。霊的なことに不必要に興味を持って、いろいろと質問していると、尋ねるほうもそれに答えるほうも、どちらも狐霊やその他の邪霊に憑霊されて、最終的に道を誤る危険があるからです。

ですから、救霊師も、霊的な質問には一切答えないほうがいいのです。

霊が見えないまま、愛と真心を捧げて祈り、清々しくお取り次ぎをさせていただいて、救霊師も救霊を受けた人も、どちらも何もわからないまま、清々しくお取り次ぎを終えて、そのまま清々しく帰っていくというのが一番正しい救霊だと思います。

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tag : ワールドメイト 神通力 救霊 霊視 霊感 霊能者 邪霊

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