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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

最初にものごとに取り組む時の情熱ということについて、松尾芭蕉のことを記してみたいと思います。彼は次のようなことを言っていたそうです。

『つひに無能無芸にして、ただ此の一筋に繋がる』(笈の小文、から)

この言葉の前後には文章がちゃんとあるのですが、それらを踏まえて現代語に訳したものを記してみますと、

彼(=松尾芭蕉のこと)は風狂ともいえる俳諧の魅力にとりつかれて久しく、ついに俳諧で生計を立てるに至った。ある時は飽きて投げ出そうとし、ある時は進んで人に勝つことを誇り、あれこれと思い悩んで、いつも安堵できない日々を送ってきた。ある時は仕官して立身出世することも願ってみたが、結局は俳諧への執着心に妨げられ、ある時は暫く学んで自分の愚かさを悟ろうともしたけれども、やはり俳諧への執着心のために挫折を余儀なくされ、ついに無能無芸にして俳諧一筋の人生となってしまった。

といった内容になるようです。(http://www12.ocn.ne.jp/~mizutori/basyou.htmを参考にさせていただきました。)

いつもいつも俳諧に対する情熱が存在して、俳諧が忘れられず、俳諧の道を窮めたいという想いから、結局他に何も身につくことなく、俳諧しかできない自分がここにいる、という意味だと思います。

俳諧に対する情熱に動かされてきた人生だった、ということなのでしょう。そこまで情熱的に取り組むからこそ、その道一筋の人生になったわけですね。

次に、水野南北という江戸時代中期の頃の観相学の大家の人の話です。この人は節食すると運が開く、という説を唱えた人だそうですが、この人が言ったという言葉に次のようなものがあります。

ある人が水野南北が高名な人相見だというので、次のように質問した。
「私は仕事が長続きせず、職を転々としているのですが、どういう仕事が私には合っているのでしょうか?」

これに対して水野南北
「一つの仕事で十年我慢できないで、どうして大成できるでしょうか。(一つのことに打ち込んで最低十年は続けないと何をやっても自分の運を開くことはできないだろう)。」
と答えた。

この水野南北の話を踏まえて、話を松尾芭蕉に戻しますが、芭蕉が言うには、他の生き方もいろいろと考えてみたのだが、俳諧に対する情熱が抑えられず、結局は俳諧一筋の人生となってしまった、ということですね。すなわち、自ら無能無芸の道を選んで、俳諧一筋の人生を選んだ、ということですね。

つまり、何事であれ、真剣に物事を極めていきたいと考えるのなら、最低十年は腰を据えて取り組まないと、その対象の本質は見えてこない、分からない、ものにならない、ということのようです。

これしかないと思って腰を据えて取り組んできて、ただひたすらに打ち込んで十年やってくると、ある時、突然ある人がやってきて、「あなたにこれをお願いできないでしょうか」と依頼があったりする。そうしてようやく次への新しい展開が始まる。このように物事は推移していくようです。

そして、こういう状況であればこそ、次の人生の新しいテーマにうまく移行できるのでしょうが、気持ちがなかなか落ち着かないで、ああでもない、こうでもない、新しいことはないかな、と目移りして、新しいことに手を出すと、やっぱり途中で飽きてしまって、また次のことに手を出す、こういう同じことの繰り返しになってしまう。こうした人の場合は、何をやっても大成することはできないのではないでしょうか。

この十年続ける、ということについて、深見東州先生はさらに、十年を一つの単位として、陰陽太極で三十年で考えて欲しいとおっしゃったことがありました。最初の十年が陰、次の十年が陽、まとめの十年が太極、ということですね。

信仰はお稽古事と同じ、というお話しもありますし、ワールドメイトに入会された方は何はともあれ、まず十年、会員としていろいろと試行錯誤されてはいかがでしょうか。そうすれば必ず自分の因縁を越えて、徳を積むことができている新しい自分に生まれ変わっていることと思います。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 松尾芭蕉 水野南北

深見東州先生から聞いたことがあるお話しに、次のようなものがあります。

男女は結ばれるとよくないのです。それはなぜでしょうか。その理由はというと、男女が結ばれると、その結果お互いをしばりあうようになるからです。結ばれるということは、実はしばり合うことに通じます。だから、結果として、離れたい、離れたい、と思うようになるのです。結ばれ合ってしばらくの間はいいのですが、中には、だんだんと相手がそばに居ること自体が苦痛になってくる人もいます。

夫婦の仲がうまくいくとはどういうことでしょうか。夫婦に限らず、親子、肉親、身近な人というのは、夫としてはこうあるべきなのに、とか、妻としてはこうすべきところなのに、とか、身近な肉親である故に、遠慮をすることなく相手に自分の考えを押しつけることになりがちです。肉親だからというので、いくらでも自分の意見を言いたいだけ言っても構わない存在だと思ってしまうのですが、それが、実は思い違いなのです。

肉親同士の人間関係がうまくいくために何が大切かというと、例えば夫婦の間柄であっても、誰よりも一番気を遣って、他人様をもてなすように扱うということなのです。夫婦になって結ばれたら、他人様のように扱っていくのです。結ばれるとしばり合うようになるので、必ず相手に対して不満や不足、物足りなさを感じるようになります。そして、一番身近な人だから、というので言いたいことをどんどん平気で言ってしまうのですが、それではケンカになってしまいます。だから、他人様のように、一人の異性として、自分の友人なんかよりももっと気を遣って、他人様を相手にするような気持ちで、心を離して、自分の心で相手をしばらないで、扱うようにすると、必ずうまくいくのです。

こんなお話しを聞いたことがあるのです。それで、例えば、最近ちょっと彼氏との間がチグハグしているような場合は、自分の彼氏があなたのことを「俺の彼女なんだからな」なんて思って、そういう視線であなたに対していろいろと言ってきた時に、何も考えずに反射的に言い返してしまうと、今までと同じやりとりになってしまってまた言い合いになってしまうので、一呼吸おいて、「そうですね」と丁寧に切り返す。そして、一歩、心の中に距離を置いて接するようにすると、相手の男性からしばられるのをかわすことができるようになりますよね。

一番親しくて一番身近に感じているという相手にこそ、親しき仲にも礼儀あり、ということで一歩間を空けて、しばり合わないという気持ちで接するとうまくいくみたいですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 夫婦 礼儀

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

女の子なら、「これが運命の出会いってやつかな?」って思いたいし、実際の出会いがドラマチックであればあるほど、そう思う人が多いはず。

世間の多くの男女は、次のような場面で「運命」だと感じることが多いみたいですね。

例1.好きな人のことを思い出しながら買い物をしていたら、偶然その人にばったり会った。それも、地元ではなくて、たまたま東京に遊びにきていた時に。

例2.好きな人にメールを送ろうと携帯で打っていたら、相手からメールが届いた。別々の場所で、同じ時にお互いのことを想っているというのがよく考えたら奇跡的。

例3.別れた彼女と『10年後の今日、お互いに独身だったならこの場所でもう一度会おう』と約束したその当日になって、ふとその記憶がよみがえってきたものだからその場所に行ってみた。すると元カノも来ていて、10年間の思い出話でけっこう盛り上がってしまった。同時に、昔の感情もよみがえってきて、もう一度つきあうことになった。

どれもけっこう劇的で、なんかいいですよね。

で、これを霊的な側面から考えたらどうなるかな~って考えていたところ、次のような話を聞いたことがあったのを思い出しました。

深見東州先生のお話しで思い出したのは、男女の好みは基本的には「性的な好み」だということでした。遺伝子上で自分に欠けているものを相手に求めたりする場合もそうで、「においが好き」とか、背が低い女性が「背が高い男性がいい」っていうのとか、とにかく理屈抜きに生理的に好き、というパターンがこれではないでしょうか。

しかし、感覚的にものすごく好みだ、という場合は、因縁という観点から見ると、良い場合もあるのですが、同じくらいに悪い因縁に振り回されてしまうことも多いみたいですね。もしその御縁が悪因縁や腐れ縁だった場合は、相手にものすごく振り回されたり、逆に相手を振り回してしまったりして、結果的に二人とも不幸になってしまうこともあるようです。

次に相手から生霊をもらって霊線が結ばれ、それが段々と濃くなっていって、相手に心惹かれるようになる場合です。片方が相手のことを想って想っていると、生霊が飛ぶんですね。そうして想う相手に憑霊するのですが、憑かれたほうは、今度はその想って想っている人のことばかりが意識に浮かんでくるようになります。それで、想われたほうが「どんな人なのかな~」と最初に投げ掛けたほうに投げ返すことになるのです。こうしてお互いに生霊を交流させる結果、最初は特に性的に好みなわけでもなく、何ともなかったのに、段々と好きになっていくのです。相手からくる生霊によって、相手のときめていている感覚が伝わってくるわけですね。お互いに生理的に嫌いだ、ということでないなら、好きになっていくようです。神様が結婚相手を見つけて下さる時にも、こういうことが起きる場合があるようです。

最初の例1、2、3、は、いずれもこの生霊を飛ばされて、あるいは生霊を飛ばし合って、ということに当てはまりますね。例1は、好きな人のことをとにかく思い浮かべて行動している。ということは、結局、自分の分魂を相手にくっつけて、それに引かれて動いていった、ということですから、自分の生霊の引っ張る力だとも言えるし、こちらから出した生霊に相手が反応して、相手が出した生霊が、こちらを引き寄せたと言えるかもしれません。例2は、お互いに生霊を飛ばしあっている段階にもうとっくに突入していて、こちらから出した生霊に相手が反応してメールをくれたのでしょう。例3は別れた彼女から生霊が飛んできたのにこちらが反応して昔の約束を思い出した、ということだと思います。

例1、2、3、は、生霊の影響によって恋愛が成立するケースの典型例でしょうね。

上記の、「性的好み」「生霊の飛ばし合い」、これら二つの場合の他には、性的な好みにも当てはまらず、相手から生霊をもらってもいないのに、突然ひらめきがあったり、本当に普通ではあり得ないようなことが続いてご縁だと自覚させられるような場合があるようです。そういう場合は、前世でご縁があったということが多く、中には敵同士だったケースもあるそうです。あるいは守護神様、守護霊様、産土の神様がかかって急に好きになったりすることもあるそうです。守護神様、守護霊様、産土の神様の働きかけで直観的に感じる場合が多いみたいです。守護霊同士が一緒に働いて、電撃結婚として結ばれることもあるそうですよ。

というわけで、誰であっても大なり小なりご守護をいただいているわけですから、できれば最後の守護神・守護霊・産土神の皆様に導いていただいて、良いご縁の人と出会うというのが一番いいのではないかと個人的には思ったりするのですが…

好みにはどうしても因縁が出てくるみたいですからね。

そして、どなた様かのお導きかと思いつつも、その人の親兄弟の結婚運を冷静に観察してみたり、または相手の性格が明るい人かどうかを見極めたり、さらにはその人が物事を粘り強く、最後までやり遂げる忍耐力・意志力を持っているかどうかなどを確認すれば、結婚運が良くて、カルマが軽くて、物事を途中で投げ出さない、結婚に良い相手だということがわかるんですよね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 生霊 因縁 憑霊 守護霊

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とうとうヨーロッパの西の果てで黄金の林檎をいただいたんですね~

黄金の林檎なんて、ちょっとすごいですね。この林檎が「恵みと知恵を与える働き」をしてくれるんですね~

すなわち、一、困難を越える知恵と力、二、争いをなくす知恵と力、三、喜びと幸せを生む知恵と力、という三つの徳なんですね。

この林檎が、三体の○○様の合体だなんて、初めて聞かされた時には本当に不思議な気持ちになりましたが、それが木星の□□神界から降りてきたということですから、本当にすごい話だと思います。

一晩風にびゅうびゅう吹かれてしまいましたが、なんとか無事にまた自分の部屋でパソコンに向き合うことができています。

そして、ギリシャ神話のアトラースが、国常立之尊の幸魂だったということですから、こちらもなんだか不思議な感じがするのですが、先日のお話しの中にもあったように、彼岸から見たら化け物でも此岸から見たら仏様なわけですから、共感できる方が共感なさればいいかと思います。

最近、忙しい毎日の合間を縫って語学とかいろいろ、勉強をしていたんですね。それでスペインのこともいろいろ調べてみたり教えてもらったりしたんですが、スペインって、

カルタゴ→ローマ帝国→ゲルマン人が侵入→西ゴート王国→ウマイヤ朝→イスパニア王国→スペイン・ハプスブルグ朝→ブルボン家……

と続いていくんですが、この中の「ウマイヤ朝」の部分、つまり、イスラム教徒がイベリア半島を支配していた時に、イスラムの学者たちによってスペインに知識が蓄積され、それが後の「12世紀ルネッサンス」「12世紀のラテン語への翻訳」につながっていった、ということがあったみたいですね。つまり古典の文化がイスラム・ビザンツの文化を経由してヨーロッパに伝えられて、後の14世紀から始まるルネッサンスにつながっていく、ということになるみたいです。錬金術や占星術もこの12世紀にラテン語への翻訳が行われた結果としてアラブ世界からヨーロッパに伝わったようです。

今回のジブラルタル海峡開き神業ではそんなことも思い出したりして、この、地中海やジブラルタル海峡を、人や物が行き来したんだろうな~なんて思ったりしたのでした。

神話に秘められた謎を解く旅……素敵ですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 ジブラルタル スペイン

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現実世界では、人から念を飛ばされ、相手にもこちらから念を出したりして、毎日が過ぎていきます。念の交換会みたいなものですね。

こちらが出す念が気負いであったり相手の競争心を刺激するような勝ち気な念である場合は、自然に相手も同じような念を出すことになり、結果として少しとげとげしいような霊界が広がってしまいます。

相手がとげとげしい想念でこちらに向かってきても、それに対して「だあいじょうぶですよ!」「きっとなんとかなりますよ!」「すばらしいですねー」と柔らかく、温かく切り返して対応していくと、こちらの包容力で相手を包むことができて、とげとげしい雰囲気にならないで済みますね。

努力の糧、魂のバネにするのに、その源が怒りの感情や競争心ばかりでは、やっぱり運気もカドが立つような、とげとげしたものになってしまいます。「何とかしてみんなに喜んでもらいたい」とか、「きっと素晴らしいものになるから、そういう素晴らしいものにしていきたいから」といったような想念で努力していく自分にを作っていくと、そこから一流への仲間入りが始まるんですよ、というようなお話を深見東州先生から聞いたような覚えがあります。

そして、ここからが肝心な話なのですが、例えば「自分が抱いている理想というのは、こういう世界なんだ」といったように、何でもかんでも言葉に出して他人に話してしまうと、相手から嫉妬されたり負けないぞと張り合う気持ちを持たれたりして、物事がうまく行かない場合が出てくる、こういうことを知っておくことが大切なんですね。

相手から嫉妬の生霊がやってきて、自分の夢と希望とロマンの世界が壊されてしまうということが起きるのです。

だから、自分が持っている理想、いい話、自分の夢といったことは、軽々しく口にしない、人に言わない、これが大切なのです。

いい話、夢と希望とロマンはいつも自分の内側に秘めておくこと。そして、それが凝結するとやがて形になって表れてきます。自分の内面が陰であり、外の世界が陽ですね。自分の内側に善なる因を抱えて、つまりいい想念を持って、日々の生活を送っていくと、ある時から必ずいい結果として結実し始めることになります。

この、内面に持ついい想念や高い理想という部分を人に口外してしまうと、「現実を知らないやつだ」という冷静で冷たい想いとか、「いつもいつも前向きで、うらやましいなあ」といったような嫉妬の念とか、「私だって負けないわよ」といった競争心の念とかをぶつけられてしまう場合があるのです。

「天機漏らすべからず」ということなのですが、内面の良き想い、尊い思い、高い理想といったものは大切に大切に秘めておいて、口にしない。人に言わない。そして嫉妬されたり競争心とかを受けないようにしていく。だから生霊を受けたりしないですむ。相手の餓鬼霊に、自分の大切な霊界を盗まれないですむのです。

だまってコツコツと実行して、仕事や努力の成果・結果をずばりと出した後にいろいろというようにすれば大丈夫なのですが、努力や理想が具体的な結果として実を結ぶ前に人にあれこれもらしてしまうと、自分が持っている福徳を盗まれてしまうのです。運気を盗られてしまうんですね。

だから、成果が形として出るまでは、大切なこと・肝心なことは口外しない、浮き浮きわくわくしていても、決して大事なことは口にしない。

この点を徹底すれば、最後のところでダメになってなかなか物事が完成しない、といったことが起きないで、物事を最後まで成就できるという人になれるんですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 生霊

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