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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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灯籠流しが終わった後、直会がありましたね。スイカボルシチをいただきましたが、その時の深見東州先生のお話しが微に入り細を穿つものでしたね。深見東州先生の知識の詳しさと研究の熱心さに舌を巻いてしまいました。

もともとこの直会の時には桃が出されることになっていたようですが、何だか手違いがあって桃は食べられないことになったんですね。スタッフの方が桃を買ってきて下さったのですが、手違いで食べられないことになったみたいで…人から聞いたところではその桃をどうするか決めるのに深見先生がわざわざ試食されたみたいですね。それで会員に出すにはちょっとまだ固いという話になったみたいです。人任せにしないで、ご自身で手間暇をかけられるところがやっぱりすごいですよね。

それで代わりにスイカが出てきたのですが、それだけではなく、ボルシチも出して下さったのですね。

先にスイカを食べてそれからボルシチを順に受け取って、みんなでいただいたのですが、神戸のバラライカのボルシチに負けないくらいおいしいボルシチ、というお話しでした。神戸のそのお店はまだいったことがないんですけど、一度は行ってみたいですね。墓参りに行った時に食べると99%先祖に吸い取られるなんておっしゃってましたけど、先祖霊たちは食べ物の霊気を吸うので、実体としては目の前にあるんですけど、おいしさだけが消えていく感じなんでしょうね。

業者に対する指示の出し方なんかも深見先生の経験から編み出された交渉の仕方があるみたいでしたね。その辺の詳しい話は菱研のCDやセミナーでお話しされていると思いますけど。

だけど、お肉が自分が指定した量より4割も減らされているとか、普通なかなか分からないことだと思うんですが…他にそういう感じでチェックされているのはセブンイレブンの鈴木社長くらいでしょうか。

日本のお料理の水準が高い、というお話しも興味深く聞かせていただきました。日本の和牛にかなうお肉なんて世界にないとか、日本の和牛の種をもらってオーストラリアやアメリカでも牛肉を作っているとか、全然知りませんでした。

とにかくお話しされる時も、細やかに言葉を足してどんどんお話しになりますから、本当に聞いていて楽しいし参考になると思いました。

でもああやって深見東州先生と一緒に食事ができるなんて、いつまでできることでしょうか。今回も本当に楽しい灯籠流しになって本当に有り難いことだと思います。

深見東州先生、スタッフの皆様、ありがとうございました。

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tag : 深見東州 灯籠流し 和牛 ボルシチ スイカ

ワールドメイトの23代前までの直系傍系先祖特別大法要が終わりましたね。

今回も最初から最後までずっと深見東州先生が先祖霊達に語りかけておられました。

最初にまず印象に残ったのは、今回のワールドメイト先祖供養に出て来られた720万体の先祖霊のうち、初めて来られた20代前、21代前、22代前、23代前の四世代の30万体の霊達に、子孫(=わたしたちのこと)の役割を説明しておられましたね。これらの先祖霊達は先祖供養を受けるのが初めてなので、物事の背景・事情が理解できていないからですね。

「世の終わりを救い社会の困窮を救い大きな劫によりて万民塗炭の苦しみを迎えるところを救済し…」とおっしゃっていたと思います。明治24年に国祖国常立之大神が現れて、そして白山菊理姫大神が現れて、世の救済をするために汝らの子孫は生きているのです、という内容でしたね。

新たに降りてきた30万体の先祖たちに子孫を守り導いて下さい、とお願いしておられました。先祖の中には高い霊界から来ている霊もあれば低い霊界から来ている霊もあり、理解の仕方、受け取り方も様々だとは思いますが、先祖の皆さんにワールドメイトの存在と私達のしていることが伝わるなんて素晴らしいことですよね。そうなることで、この先一族を上げてこの神仕組みというものに触れる機会が増えるわけですから、一族の運命が全く変わってくるのではないかと思えてきます。

そして、先祖霊の皆様に、数多の神々、御仏たちの導きとともに、格別の先祖よりの守護を与え給えと深見東州先生がお祈りされていました。ありがたいことですね。

そのあと、修験道の56体の行者さん達の先祖霊を救う場面では何だかすごいことになっていましたね。阿弥陀如来が来て…毘沙門天、蔵王権現、薬師如来、地蔵尊、弥勒菩薩、不動明王、大日如来、…と、行者さん達に納得してもらうために、いろいろと御仏に出てきてもらっていたのですね。それからマリアさん、ガブリエル天使も出てきていました。

先祖霊からなぜそんなことができるのかと尋ねられて、神の仕組みの斎庭の、宇宙根源の真の主神が降りておられて、真に國之常立神の極点が降りておられて、真に白山菊理姫の極点が降りておられて、弥勒菩薩が下生し、マイトレーヤの働きをしておるからいとも簡単にいつでもこうしたことができるのだ、返しておられました。この点はよく分からなくてもとりあえず覚えておきたいことなのです。今ここで説明することはスペースの都合上できないのですが、実は大事な点なのです。

そして、悟りの玉とは行ではない、慈悲の心と神仏にお仕えする無私の心に、真の神仙界の道が極まり、真の行を全うすることができるのだ、自分があるうちは行を全うすることはできない、力と行力と法力が頭打ちの原因である、そして、自己を捨てた無私の心と慈悲の極まりになりきる道が神人一体となる要諦だと説明しておられました。

最後は役行者に来てもらって、行者界に堕ちていたこの56体の霊達を導いてもらうようお願いされていました。この奥の手が使えるのも深見東州先生だけですから、すごいですね。

その後は、冷たい霊界にいる理由を説明され、家のため法門のためと理念に生きて慈悲の心を忘れたことが原因だと説き、神仏に素直に詫びて悟りなさいと説得されていましたね。

暗い心を持ったまま死んだからそのまま暗い霊界に行ったのだ、という説明もありました。

楽天的で積極的で発展的で意欲的、精進努力を喜びとして生きる御魂は皆天国へ行く、悲観的消極的で努力を嫌う心、愚痴と不平と怒りと悔やみの思いばかりを持つから苦しみの闇である霊界に行く。自らの心の出す想いのまにまにあの世は開く。そして怠りの中でも最も罪の重いものは自殺の罪。神様と約束して生まれてきたのに自分で自分の命を殺めるから。自殺者は三つの罪、怠りの罪、霊界修業をしない罪、人について浮遊霊としてふらふらする罪を負うということ。へそを曲げてひねくれるのは自分の罪であるということ。みずからの断末魔の想いのまにまに開かれるのがあの世なんですよ、という説明でした。

さらに、重い心でいる霊と軽い心でいる霊の違い、それは執着執念が原因。その執着とは、残した家族に対する執着、あの世に持っていけないのに財産や名誉に対して持つ執着、また、命を惜しんで悔やむ心、命に対する執着心、こうした想いが重い心の原因なのだという説明でした。そして執念執着がある限り、我欲で、自分の魂・自分の心を縛り付けることになるから、執着を捨てて、人は皆寿命で死ぬのだと考えを改めて、悟りなさい、と説得されていました。

自分で自分の心を救い、悟る方法を与え、救いの玉を与えることが今回の供養での御先祖の皆様への贈り物になっていたのですね。

最後にお供え物の料理・飲み物を召し上がっていただくよう言分けて案内した後、しばらくして神籬(ひもろぎ)から離れて霊界に帰っていただくようご案内されていました。

自分の中の御先祖さんが改心することで、霊流によってそういう先祖と交流している自分も変わっていくという、素晴らしい先祖供養だったのですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 先祖 修験道 直系 傍系

自分に相応しい守護霊は、皆さんが考えるより前に既に憑いているのです。今現在、もう守護霊さんが守ってくれている、ということですね。そして守護霊が本当にその人に相応しいのかどうかは守護霊の奥にいる守護神が判断している、ということです。

自分が受け身な生き方をしていてもどんな人でも最低限の守護霊は守ってくれているわけですが、その人が強く前向きで積極的な決意をした場合、多くの場合は何か目標を持った時には、守護霊が交替することがあるのです。

どうしてもこの道に進みたい、とか、どうしてもこれをやり遂げたい、といった願いを強く持つこと、これを発願(ほつがん)といいますが、そういう発願をその人がして、実際に行動に移し、努力をして、この努力を三年間継続した時には、それまでの守護霊が、発願の方向に相応しい新しい守護霊と交替するのです。ですから、発願したらまず三年頑張ることが大切です。この三年で基礎が調うからです。そして三年を過ぎたらそこからさらに七年、合計で最低十年はやり続けること、努力を貫くことが鍵となります。

守護霊は普通にしていても一生のうちで何度か交替することが決まっています。というのも、人の一生のうち、時々に応じて、人生の具体的なテーマが決まっており、そのテーマに沿って導く必要があるからなのです。守護霊が交替する回数は、一生のうち、だいたい四~五回くらいだということです。一番少ない場合でも三回くらいは交替するようです。

守護霊が交替するのはどういう時かというと、以下のような場合に分けられるようです。

1.自然に交替する
守護霊が自然に交替する場合です。人間は、生まれた時点で、既に人生の予定の9割は決まっています。○○歳のときにこういうことが起こり、□□歳の時に~~となる、といった具合に、人生の節目節目で何が起きるか決まっているのです。それを知っているのが守護神や産土(うぶすな)神で、そうした節目ごとに、本人には自覚がないまま自然に守護霊が交替し、新しい環境に対応できるようになっているのです。

2.環境が激変したとき
学校を転校した、両親が離婚した、海外に引っ越した、など、環境が大きく変わった時に、そうした変化に適応しようと、誰でも必死に頑張るでしょう。そういうときに、守護霊がパッと交替して、新しい環境に馴染み、乗り越えていけるよう、後押ししてくれるのです。自然に交替する場合と時期が一致することが多い。

3.本人の志が定まったとき
こころざしを抱いて、その実現に向けて本人が具体的な行動を起こした時にパッと守護霊が替わります。目標は何でもよいのですが、将来の方向性と具体的なあり方をしっかりと決めて想い描いたとき、その志(こころざし)をかなえてあげようと、守護霊が交替するのです。

以上の3つが守護霊が交替する主な場合です。それでは守護霊が交替したら、何が起きてくるのでしょうか?

(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 守護霊

七月二十四日の高松の定例セミナー、深見東州先生の御祈願祭がすごかったですね。三ヶ所の神様が順番にやってきて、祝詞がとどまることなくどんどん湧き出てきていましたね。まさに深見東州先生の神人一体となった御祈願祭で、久しぶりに定例会の御祈願祭だーって思いながらお祈りさせていただいていたのですが、本当に感動しました。最後に住吉の神様が出てきて、「笑え~」というのも驚いたというか笑えたというか、本当に思わず笑ってしまいました。

今回の定例会は深見東州先生が顔を出されない「天の声」でお話しが始まりましたが、これが最初からなるほど~という話で本当に参考になりましたね。というか、この高松のセミナーは最初から最後まで本当に充実していたという感じでしたが、神様の証、神様の導きをどう受けとめるのか、というお話しがあったので、ちょっと紹介してみたいと思います。

私たちが神様にいろいろとお祈りすると、神様が必ず受け取ってくれて、神なる叡智によって導いて下さるわけですね。人間は、未来は自分なりに予想できること以外は何も分からないが、神様の視点から見れば、その人の過去・現在・未来が分かる。だから、その願いを祈る本人が考えるよりも、本人にとってより幸福な結果につながるよう、導いて下さるのですね。その時に、神様からどのように返事、というか証、というか、導き、というか、どういう結果で帰ってくるのかというと、

     1.すぐに願い通りにかなえてあげよう。

     2.ちょっと修正してかなえてあげよう。

     3.このあと、(3年後とか)に実力にふさわしい大きなチャンスが
       やってくるのに、焦って小さな結果に飛びつくと大成できないから、
       時期を待ちなさい。焦るな焦るな。

     あるいは、

       このあと、(半年後とか)に今よりずっと良い相手と
       巡り会うことになっているから
       焦って小物と結ばれようとしてはいけない。
       その時まで待ちなさい。焦るな焦るな。

     4.その願いは不幸になる。止めたほうがいい。止めなさい。

     5.そんなこと祈っている場合ではない。もっと緊急の大切なことがあるのだ
       から、まず目前の問題を解決しなさい。

という五種類の返事に、基本的になるそうです。

言われてみれば、なるほど~、という感じですが、今までこうして整理して考えたことはありませんでした。納得しましたよね~。

そして、この五つの形の守護がある時に、それを邪魔してしまうものが二つあると。

一つは、お願いする人の執着心。もう一つは自分なりの思い込みです。

願う側に、あまりに強すぎる執着がある場合、だめだからやめておきなさい、って言われても、どうしても納得できなくて、割りきれなくて、やっぱりこうしたいから!って感じで突っ走ってしまったりします。で、結局だめになってしまったり。要するに執着心があるままなので、冷静に判断できなくなっているわけです。

もう一つは我見、つまり思い込みがある場合ですね。自分では冷静に判断しているつもりでも、最初からものの見方に歪みがあって、判断そのものが間違っているわけです。だから結局はやっぱりだめになってしまうのです。

ですから、この我執と我見にとらわれないようにして、精一杯祈った後は、すべて神様にお任せしますから、よろしくお願いしますよ~ということで未練を残さないようにすれば、一番いい形で結果が出てくるということなんですね。そして、神様にお任せします、という意味で「かんながらたまちはえませ」とお祈りの最後にあげるのだということでした。

神様の叡智の場合は、一石二鳥ではなく、一石三鳥、一石四鳥の結果となって現れる、ということでした。八方が丸くおさまるものなんだ、というお話しでしたからね。ですから、精一杯真心でお祈りした後は、それ以上自分であれこれ悩むのはもう止めて、前向きにいったん自分から突き放す、という感じでいいのではないでしょうか。

証の出る祈り方と証の受け取り方がよく分かる、素晴らしいお話しだったと思いました。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 執着心 我見

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