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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

6.先天の修行と神人合一の道 (2)

 こうした毎日を送ることを一言でいうなら、「捨てる修行」をする、ということになります。我欲や人欲を捨てることですね。霊能力を得たい、超能力を得たい、などという気持ちは一切抱かず、人が良くなり、世の中が良くなるためなら自分の命を捨てても構わない、といった気持ちで日常生活を精一杯生きていくこと、これです。

例えばジャンヌ・ダルクがあれだけの大きな仕事を成し得たのは、結局、神がかるに十分なほど無私無欲に徹し、捨て身の純粋さに徹したからに他なりません。

中山みき、出口ナオにしても同じで、自分のことよりも、家族のこと、社会のこと、国のことを優先して考えていたのです。その純粋な心に神様が感応して、様々な神通力を与えたのですね。

これが神力です。神力とは、いわば、神様に川上に引き上げていただき、川上から川下に下る中で身につける神通力と言えます。そして、常日頃から自分を捨てる努力を続けることを先天の修行というのです。

これに対して、難行苦行を実践し、霊能力や超能力を得ることを後天の修行と言います。

そして、この修行をする動機に、少しでも我利我欲が含まれていれば高級神霊は絶対に感応しません。感応するのは邪気邪霊だけなのです。我欲は純粋なものではないからです。

「今の自分の社会的地位は、常識人として人一倍努力して確立しよう。霊能力などは、欲しいと思わなくても自分の努力と誠が極まって、その結果として備わればよしとしよう」こうした生き方をするのが本当なのです。

先天の修行には、後天の修行のような長時間にわたる訓練はいりません。ただ自分の欲を捨てればいいのです。そして、捨てるということを別の言い方で言い直すと、素朴で素直に生きるということになります。これが神人合一の一厘でもあるのです。

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

6.先天の修行と神人合一の道 (1)

 本当に除霊をするには神に対する信仰心と人々に対する強い愛念、我を取り去った明鏡止水の境地が必要だということです。同時に学問の研鑽も大切になりますよね。

 一つ、ぜひ皆さんに理解していただきたいことは、霊能力と神力とは、それぞれ異なる力なのだ、ということなのです。

 霊能力とは、霊界にいる存在によって得られる能力です。時には邪神界を横行する霊がそうした能力をもたらすこともあるのです。もう一方の神力とは、神様が直接動いて下さった結果、出現する能力のことです。

 神力は、実は、我力で獲得したり発揮したりできるものではないのです。それではどのようにして体得し表現するのかというと、「先天の修行」が鍵になるのです。神力とは、先天の修行によって会得するものなのです。

 先天の修行によるなら、修行らしい修行をしないで、たぐい稀な神通力を体得することができるのです。それは具体的にどうすればいいのでしょうか。結論から言いますと、純粋に人の道において真心を実践し誠を尽くすことに終始する、ということになるでしょう。神様の眼から見て、「神の社(やしろ)となるに足る人物だ。愛と誠をもって人々を救済してくれる人だなあ」とみなされるような、お眼鏡に適うだけの毎日を送ればいいのです。

(つづく)

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