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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

これまで六回連続で「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)を紹介してきました。英会話ができるようになるためには、単語を覚え、文法を覚えることが必要です。そのためには、たくさん英文を読みましょう。そして、努力を継続することが必要です。こういう結論になっています。まさに「学問に王道なし」という言葉そのままの結論が書かれていたのです。

今回は最終章である第十五章をご紹介して、この話題を終わりたいと思います。

外国語を学ぶことは、この言葉が使用される国や地域の文化をも学ぶことにつながる、という主張が展開されています。

本文中では以下のように述べられています。

「英語に限らず、どのような外国語を学習するにしても、言語に潜む文化を無視しては、外国語を学ぶことにはなりません。~目に見えない深い部分に根ざしている価値観や信条など、本人も気づかないまま身についている文化です。~しかも文化は言語にも深く関わっていて、切り離すことができません。人間は誰もが母語を持っていて、母語が持つ世界観に支配されています。すると、自分が意識せずに持っている価値観とは異なる価値観を持った言語を学習する際に、衝突や葛藤を起こすことがあります。~それゆえ、外国語を学ぶことは、おおげさに言えば『未知の世界に遭遇すること』で、これまでの自分が知らなかった『異質性と格闘する』ことを意味します。」

ある言葉が使用されている地域や社会の価値観は文化という形で確立しひとまとまりになっているわけですが、外国語を学ぶ際には、そうした文化がその外国語の端々ににじみ出ていることを無視することはできません。その社会の言語は、その社会におけるものの考え方と切っても切れない関係にあるからです。

ですから、ある外国語を学ぶ際には、自分が学ぶ言語がもたらす価値観に即して自分の頭を切り換える必要が出てきます。この切り換えがうまくできない人は、外国語を学ぶことにどうやら抵抗を感じるようになるようです。

そして次に、外国語の学習を一人でやるべきなのか、それとも集団でやるほうが良いのか、という話題が提示されます。

「英語学習というのは、一人でやった方が効率的なのか、仲間と一緒に練習した方が良いのか、ということです。~最近は、言語学習には自ら学ぶ自律性が不可欠なことが判明し、これに矛盾しているようですが、グループで学ぶ共同学習という方法が成果をあげるとも言われています。~同じ目的を持った仲間と切磋琢磨しながら共に学ぶことは大切ですし、それは外国語教育でも有効です。ただ、それだけで良いのか、というと、そうとも言いきれないのが難しいところです。なぜなら、外国語学習が『異質性との格闘』だとすると、慣れ親しんだ仲間と居心地よく楽しく学ぶことで『異質性との対応』という部分が可能になるのか、という疑問が出てもおかしくないからです。」

仲間同士で適当なところで折り合いを見つけて終えるという学習や練習を繰り返しているうちに、心地良く感じられる内容だけに取り組みがちになったり、葛藤しないで済む練習ばかりに偏ってしまうようなことも少なくないのではないでしょうか。こうなってくると、本来の趣旨から外れ、目的を達することが危うくなってきます。すなわち、「異質な世界と対峙して意思疎通を図る」という目的を忘れて、自己満足に陥ってしまうのです。

これに対して、本文では、「自律性が決め手」だとして、以下のように述べています。

「仲間と学んでいるうちに、ナアナアになってしまうのでは、異質性とぶつかることになる実際のコミュニケーションで英語を使えるようになりません。そうならないために必要なのは『自律性』です。自分をしっかり持って、自主的に学ぶことです。~外国語は、自らが学ぶ意欲を持って主体的に取り組まなければ成果が出ない、というのは、外国語が基本的に『未知』であり『異質』であることが大きく関わっているからです。」

そしてさらに、次のように続きます。

「外国語学習に自律性が欠かせないのは、言語というのは生涯かけて継続して学ぶものだからです。母語である日本語だって、およそのことは分かって日々使っていても、知らない単語はいくらもあり、言葉遣いを間違えることも多々あり、毎日が学びです。母語でさえそうなのですから、文化や社会を異にする外国語を学ぶとなったら、学びは一生続きます。~ここで必要なのが『自律性』です。一人でも学びを継続できる力。英語学習の成否を決めるのは『自律した学習者になること』です。」

※自律性=自分の立てた規律に従って自らを規制しながら行動するありさま。

「よく考えてみれば、人生すべて『自律性』でしょう。他人と協調しなければ社会で生きていくことはできませんが、同時に、自らを律し、主体的に生きることも不可欠です。仲間と協働することを決めるのは自分なのですから、まずは自律性が肝要だともいえます。そういう視点から考えると、英語を学ぶことは、人生を学ぶことにつながるわけで、一生をかける価値があると分かります。」

ということで、最終章の最後は次の文章で締めくくられて、本文は終わりとなります。

「『自律した学習者』として、常に新たな出会いを求め、自らの進む道を切り拓くことが、英語学習です。英語を学ぶことが自分にとってどのような意味を持つのかを考え、自律的に、地道に、着実に、学習を継続したいものです。」

外国語というのは、自らを律して、一生をかけて、主体的に学んでいくものなのだ、という結論だったのでした。要するに、外国語をお手軽にしゃべれるようになる方法など無い、ということですね。

単語の暗記をするのがいやだったり、文法を勉強するのがいやで、それでも英語でしゃべれたらかっこいいかなあ、なんていう考えを持っていた人にとってはありきたりな結論になってしまっていますが、別の見方をすれば「英会話のできる人になりたいと思ってこの本を読み始めたところ、結果として英語の習得方法を学ぶことを通して、ものを学ぶ時の心構えやものを習得する時のコツ、これらを知る良い機会になった」と考えることもできるのではないでしょうか。

ここで述べられている「外国語を学ぶ時の姿勢」というのは、一人ひとりが自分の人生を生きていく時のあり方に通じるものがあると私には感じられました。私達会員にとってみれば、そのまま御神業に取り組む時の姿勢とでも言えそうです。

ものごとを学んで習得し体得しようとする時のあり方は、取り組む対象が何であれ、結局は同じ答えに落ち着く、ということではないでしょうか。一人ひとりが「自律的に、地道に、着実に、学び続けていく」ことで、信仰の道もまた必ず成就される時がやってくるのではないでしょうか。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

前回まで五回連続で「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)を紹介しています。英会話ができるようになるためには、単語を覚え、文法を覚えることが必要です。そのためには、たくさん英文を読みましょう。要するにこういうことだったのです。

六回目の今回でできれば最後まで概観してまとめてしまいたいと思うのですが、外国語、まあ今回の話では英語ですが、語学を学ぶことにほとんど興味がないという方もいらっしゃると思います。そこでまず、英語ができることでもたらされる「有利さ」とは何か、この点について、確認しておきたいと思います。

本文中では以下のように述べられています。

「英語力があれば検索する対象の情報量が倍増します。英語で検索して得ることのできる情報の質と量は、日本語だけで得た情報とは比較にならないほどです。~それだけではなく、英語力があれば、玉石混交の情報の山から必要な知識を取り出すことを可能にする理解力と批判力(critical thinking)が備わります。英語格差を超えることは情報格差を超えることになるわけです。」

実際に読んで比較してみれば分かりますが、ウィキペディアなどでも、日本語版と英語版とでは内容の質と量に大きな違いがある項目が存在します。これは一目で判別することができます。英文が読めないままでは、日本語版と英語版を比較した時の情報の質の差異を実感することがなかなかできないのではないかと思われます。つまり、自分がどれだけの情報にアクセスできないのか、はっきりと自覚することが難しいのです。明らかに情報格差が生じているのにも関わらずです。

この英語ができるかできないかで生じる情報格差について、別の本からご紹介しておきましょう。

「情報の強者」(伊藤洋一、2016)では、以下のように述べられています。

「発信する母体が大きいということは、その言語が持つ情報発信力が高いということでもあるが、英語が事実上の世界共通語として通用している点も重要だ。世界でもっとも影響力のあるアメリカをはじめ、世界の多くの国がこの言語を使っているだけでなく、国際的なコミュニケーション・ツールとして普及しているということだ。~英語はこれを公用語とする国だけでなく、多くの国や企業が公式の発信言語としてこれを使用している。だからこそ、英語の情報源に触れることで飛躍的に情報量が増える。さらに言えば、大統領など各国政府の要人の発言や、国際会議の発表は、原語を参照した方がいいケースが多い。」

さて、「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)に話を戻して、仕事上で英語を使用する場合について書かれた部分を見てみます。多くの職種に共通することとして以下のように述べられています。

「Eメールに対応するため、英語を書く力が必要だ」
「英語でプレゼンテーションを行い、議事録も英文で作成した経験から、『英会話以上に英作文力が必要である』と結論づけています。」

英会話の能力よりも、書かれたものをちゃんと読み取って、またちゃんと書いて返答する能力、あるいは英文で他人が読んで理解できる書類を作成する能力、こうした能力のほうが重視されているようです。

そして、自分にとってどのような英語が必要なのか、この点を明確にすることが必要だとして以下のように述べています。

「まずは自分の得意分野、専門とすること、話したい内容をもつことです。次に、自分の人生にとって、自分の仕事にとって、どのような英語が必要かを見極めることです。~海外に駐在している企業人の中には、現地での商談相手はほとんどが非ネイティヴ・スピーカーであることから、発音はお互いさまで、あまり気にしない。それより、交渉し契約書を交わすので、読み書きがきちんとできないことには仕事にならない、という理由から読み書き重視派が大勢います。漫然と『英語が話せるようになりたいなあ』と願っているだけでは英語ができるようにはなりません。まずは、どんな英語を自分が必要としているかを考えて目標を決めます。」

「英語学習の成否を決めるのは、自ら意欲的に未知と出会い、緊張感を持って努力を継続できるかということです。それができるような力は、英語が専門であろうと別の分野での仕事であろうと、どのような場でも必ず生きるはずだと、英語を駆使するさまざまな人びとを見て、確信しています。」

ということで、学ぶ対象が英語であったとしても、結局は「ものを学び習得する」ことに変わりはないのであって、学ぶ主体である本人の努力次第であるという、これもまた至極当然な結論に至ったのでありました。

最終章である第十五章をご紹介できませんでしたので、残りは次回に。

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

英語の学習法について書かれた「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)という本について紹介しています。

さて、前回は「英語力をつけるには、会話の類型を暗記しているだけでは効果が薄く、ともかく『読む』ことです。なぜなら、前後関係・文脈・脈絡の中で生き生きと使われている言葉を学ぶことを可能にしてくれるのは、何といっても読むことだからです。」という話で終わったのですが、今回からは文法についての説明になります。とはいっても、文法の内容そのものを解説しているわけではありません。

第五章では、「話すためにこそ文法」というタイトルで文法を学習することの意義と文法の役割について説明されています。

「『文法なんてやるから英語かしゃべれない』という主張をよく聞きます。~一九九〇年代から、文法は百害あって一利なしのように非難され、~公教育における英語の授業で文法の影は薄くなっています。そのせいか、~今の学生は語彙力がないので読み書きが苦手な上に、英語の文法を知らないようで、主語や動詞がない英語を書く、現在と過去が判然としない、単数と複数の区別がつかない、いったいどうやっているのだろう、と英語教員は頭を抱えます。」

「いったいどうして学校では、文法を教え続けるのでしょうか。理由は、英語を使えるようになるためには、基本的な文法を教えないわけにはいかないからです。」

「文法を知らなければ思いつくまま単語を言ってみるしかないのですが、そうなると表現できる範囲は極めて限定されます。~相手の話を理解し、それに対して自分の意見を言う、交渉で双方の言い分を調整して落としどころを見つける、などという複雑な意思疎通の場合は、単語をどう並べて文にするかという規則を知らないでは、まともな話ができません。」

「文法が間違っていると、単純に『教養がない』と思われてしまいます。メールで書いた英語が文法的な間違いだらけだと、『うーん、この人、教育程度が低そう』と誤解されてしまいます。」

「やはり文法規則は知っている必要があるのです。なぜって、知らないと文を組み立てられないし、文を作れないとまともな会話ができないからです。~文の成り立ちを理解しないと意味がとれないということになります。~構文を分析すればどんなに複雑な英文も意味が取れること、そのためには、文法力、そして語彙力と(話題となっている事柄についての)背景の知識が役立つということです。」

「文法にかまわな過ぎるとハチャメチャ英語になってしまうし、文法的な正確さにこだわり過ぎると完璧主義に陥り怖くて話せません。」

ということで、ごく当たり前の内容が記されています。

もし、あなたの周囲に「日本人ではない日本語の話し手」がいるとして、その人がいつも、単語を並べることしかできないような話し方をする場合、最初はよいとしても、いつまでもそんな話し方のままであなたと複雑なやりとりをしたり、入り組んだ相談をあなたと一緒にすることが本当にできると思いますか?もしあなたがとても忙しい人だった場合、毎日そんな「何を言いたいのかなかなか分からない人」の相手をしなければならないとしたら、多分、うんざりするのではないでしょうか。

それでは、文法を確実に習得するのに要領の良い方法はあるのでしょうか。

続きを読んでみると以下のように記されています。

「文法的な正確性に過度にこだわらず、無理せず確実に文法力をつけるには、どうしたら良いのでしょうか。万能薬はありませんが、ひとつ言えるのは、語彙と同じで、回り道のようでも、たくさんの英文に接していると効果があるということです。英語を読むという練習をしっかりしていると、だんだん英文の構造に慣れてきて、複雑な文も霧が晴れるように分かってきます。内容のある話を英語でするには、基本文型をおさえた上で、もう少し高度な規則も要りますが、これも基本は同じで、読むことで規則を体得します。」

とあります。

前に、「外国語を習得するにはとにかく単語と文法をやるようにと教わった」と書きましたが、単語だけでなく文法を習得するにあたっても、やはり「英語を読む」ということが役に立つようです。

言語を習得するのにあたっては、どうやら「読む」あるいは「読書をする」ということを抜きにして物事を考えることはできないようですね。

考えてみれば、国語、あるいは言語を身につけるということは人間として生きていくための根本的能力(のひとつ)を身につけるということです。なぜなら、言葉を用いて相互に意思疎通することで、日々の社会生活すべてが成り立っているからです。

結局、「活字を読む」、あるいは「たくさん読む」といったこと無しに手っ取り早く結果だけを手に入れることができる方法などあり得ないのではないでしょうか。活字を読まないままで語学力や国語力を伸ばしていくことは、おそらくできないのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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英語の学習法について書かれた「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)という本について紹介しています。

さて、前回は「語彙を増やすには、ともかく英文を大量に読んでみましょう。」という話で終わったのですが、今回ももう少し語彙についての説明が続きます。単語の意味を丸暗記するだけでは使いこなせるようには中々ならない、という話です。

深見東州先生がお話しになっていましたが、「安倍首相が、サミットでのコーヒーブレイクの時に各国首脳との会話に積極果敢に挑戦していた」といった話を聞くと、「やっぱり英語が大事なんだわ…」という気持ちに益々なりますよね。

さて、同書の第四章では

「英語を使えるようになるためには、語彙が欠かせません。そこでよく見られるのが、日本語では○○、英語では△△と対にして暗記する方法です。~でもこれは二つの理由で、問題ありの学習方法です。ひとつは単語というのは前後関係・文脈・脈絡によって意味が変わってくるので、まとまった文なり文章の中でどう用いられているかを知らないと、結局は使えないことになるという問題です。もうひとつは、英語の△△=日本語の○○という等価(同じ意味)の関係は、言語が異なるとありえないということです。それぞれの単語のニュアンスが違ったり、意味範囲が微妙にずれていることが多く、完全に同じ意味になることはむしろ稀なのです。~(単語の意味は)すべて前後の文脈や、その場の状況などの前後関係・文脈・脈絡によって違いが出てくるのです。~意味が前後関係・文脈・脈絡で変わるのは、単語だけでなく熟語も同じです。」

とあり語彙や熟語の意味を決めるのに文脈・脈絡は不可欠であり、背景となる文脈を抜きにした丸暗記には問題がある、と記されています。

さらに、

「言語が違えば単語の意味や語句・表現などの微妙な意味合いが変わり、完全に同じ意味とはならない例としてalertと『警告』があります。~もともとalertは『警告する』『注意を喚起する』という意味で、英和辞書を引けば、warnもalertと同じ『警告する』『注意する』という日本語訳が出ています。では、両者は完全に同じ意味かといえば、そうともいえないのです。~(中略)~ つまり、同じ『警告』でも、英語ではalertより深刻な場合にwarnとなる意味合いであることが分かります。このような違いを知るには、多くの英文に当たるしかありません。英文をふんだんに読んでいると、それぞれの単語は前後関係・文脈・脈絡によって使われ方や意味が異なってくることが分かってきます。」

とあります。

語彙を増やした後、実際に覚えた語彙を使いこなすためにも、やはり英文をたくさん読むことが必要になってくるようです。上記の部分の続きはどうなっているかとというと、

「英語の単語や語句は、日本語のそれと等価ではない。だから単語カードで機械的に覚えても使いこなせるようにはなりません。日本語で言い表すことができない外国語の意味をどうやって把握するのかといえば、その言葉が前後関係・文脈・脈絡の中でどういう意味で、どう使われているかを考えるしかありません。逆にいえば、前後関係・文脈・脈絡があるから単語や語句の意味が分かる、ともいえます。」

とあります。

そして第四章の最後です。

「英語力をつけるには、会話の類型を暗記しているだけでは効果が薄く、ともかく『読む』ことです。なぜなら、前後関係・文脈・脈絡の中で生き生きと使われている言葉を学ぶことを可能にしてくれるのは、何といっても読むことだからです。」

これが第四章の結論だったのです。やはりここでも、読むことが強く勧められています。

もしかすると外国語というか、「言葉」を学ぶ時には、読む(=活字を読む)ことがその成否の鍵を握っているのかもしれませんね。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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前回から、英語の学習法について書かれた「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)という本について紹介しています。

さて、前回は語彙数の不足が英語が使えないことの原因だという話だったのですが、以下、単語の暗記について、説明が続きます。

「単語の暗記がつらいのは、無理に覚えようとしても、忘れてしまうからです。脈絡もなくひたすら暗記しようとすることほど退屈な苦行はありませんし、脈絡がないので、すぐに忘れてしまいます。~外国語の場合は、~ある程度の暗記は避けられない部分があります。~単語や表現を知らなければ、英語を読んでも聞いても分からないし、書いたり話したりできない。つまり英語を使えるようにならない。それには、『覚える』という作業はある程度は欠かせないのですが、むやみに丸暗記しても効果は薄いのです。」

単語をむやみに丸暗記しても効果は薄いということなのですが、それではどうしたらいいのかと思ったところ、続いて単語を暗記するための方法が記されていました。

「では、どうするのかといえば、回り道を覚悟して、ゆっくり着実に語彙を取り込むしかないように思います。どうやって?英文を読むのです。それも、たくさん読むのです。読み方には『精読』(intensive reading)と『多読』(extensive reading)」の二種類がありますが、自習では多読がお勧めです。~『多読』というのは、広範囲にさまざまなものを読むことで、外国語学習に効果があるとされます。~もちろん、ゆっくりと熟読する『精読』も大切です。学校の勉強だけでなく、自分に興味のある本や雑誌の特集なり新聞記事なりを、丹念に読む。この場合は、丁寧に辞書を引きますし、目についた単語や表現を書きとめておくという勉強法もあります。」

と、単語の暗記のために、読書を勧める内容となっていたのでした。

「語彙を増やすには、だから、読むことです。読むことは、英語を聞く力、話す力、書く力など、すべての土台となります。」

「『多読』『精読』を組み合わせて、ともかく英文を大量に読んでみましょう。」

というのが、語彙をどのようにして増やしていくのか、その説明がなされている第三章の締めくくりの言葉だったのです。

結局、英語でおしゃべりしてみたい、というところから始まってこの英語学習法の本を読んでみたのですが、その最初のまとめらしきものとして、「英文を大量に読んでみよう」という結論にたどりついたのでした。

(つづく)

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前回から、英語の学習法について書かれた「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)という本について紹介しています。

さて、続く第二章では、

「英語を使えるようになるには、度胸も必要ですが、もっと必要なのは、~『語彙』です。~単語や語句を知らなければ、言いたいことは何も言えません。~語彙についての問題は、大きく分けて二つあります。ひとつは、『どのくらいの単語数を覚えたら良いの?』という数の問題。もうひとつは、『どうやって覚えたら良いの?』という方法の問題です。~『語彙』は、どの程度あったら良いのでしょう。話したり書いたり使いこなすことのできる発表語彙は、読んだり聞いたりした時に理解できる受容語彙より少ないとされているので、たくさん知っていればいるほど良いに決まっていますが、~これを見きわめるには、『何のために英語を学ぶのか?』という、そもそもの目的を確認する必要があります。~仕事で英語を使おうという場合は、8,000語は必要です。何かの問題について議論するとなれば、1万語は欲しいところです。~アメリカの一流大学が入学の条件としているTOEFLスコアを見ると、およそ8,000から1万語レベルであるのが分かります。ちなみに英語母語話者の語彙サイズは2万語くらいと言われています。」

とあります。やはり英語を何に使うのか、その目的が明確になっていることが必要だと記されています。

続いて

「これは日本人にとってなかなかの関門です。現行の学習指導要領で定められている中高の六年間で学ぶ語彙数は、およそ3,000語。たった3,000語なのです。~仕事で使う英語となれば8,000から1万語が必要だというのに、これでは太刀打ちできるわけがありません。文法訳読ばかりやって会話をやらないから仕事に使えないのではなく、そもそもヴォキャブラリーがまるで足りないのです。まずは、その厳しい現実を認識することから始めなければなりません。英語が思うように使えないのは、語彙数が圧倒的に不足しているからだと自覚することが第一歩です。」

とあります。会話の練習をしていないから話せないのではない、ということなのですね。そして続いて、

「読んで分からない単語は、聞いても分からないのですから、意識して自力で頑張るしかありません。自律した(=他からの支配や制約を排し、自分の立てた規律に従って自らを規制しながら行動するような)学習者になり、自分で語彙数を増やすしかない。語彙研究で高名な研究者は、『仕事で英語を使うには、少なくとも8,000語から1万語は必要だ』とした上で、『それほどの語彙を習得するには、何となく勉強していたのではダメで、自ら意識的に学ぶことが必須だ』と断言します。」

と記されています。やはり、最低でも1万語程度の語彙を運用できるようでないと仕事上では使い物にならないようです。私が学生時代に語学を教わった時には、「何はさておき外国語の学習では、単語と文法が必要」と教わったのですが、英語に関しては、この語彙については1万語程度が必要だということのようです。単語を自ら積極的にどんどん覚えていくしかないのですね。それでは、単語を暗記しようとした時に、何か要領の良い方法があるのでしょうか(第三章については次回に)。

(つづく)

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このまま何も大きな変更がなければ、東京オリンピックが2020年の7月24日から始まることでしょう。

現在もすでに多くの外国人観光客が日本中の観光名所にやってきていますが、この後も、日本を訪れる外国人の数は例えば円安が続く限りはあまり減らないだろうというのが一般的な見方のようですね。

そこで、増加する外国人に合わせて、日本語以外の言語でいろいろと案内板を用意するといった取り組みも増えているようですが、そうなってくると、やっぱり英語ができるようになっておいたほうがいいのかな、なんてことが気になったりしますよね。

できるなら、英語がぺらぺらしゃべれたらいいなあなんて思ったりしますよね。

最近、人から紹介されたこともあって、英語の学習法について書かれた本を読んでみました。「本物の英語力」(鳥飼玖美子、2016)という本なのですが、なかなか面白いことが書かれていました。

「英語学習の成否を決めるのは、まずは『何のために英語を学ぶか』という、英語学習の〈目的〉です。」

というのが第一章の、本文の一番最初に書かれている文言なのです。この言葉に全てが集約されているんだなあと思いましたが、以下順に読んでいくと、第一章には

「日本社会で、英語は日常的にそれほど必要ではありません。~英語ができないから暮らしていかれないという光景は見られません。~『英語は必要だ』と誰もが念仏のように唱えますが、実のところ英語は日本人にとって『絶対に必要な存在ではない』のを誰もが知っています。~ふだん使わないのですから、上達しないのは当たり前です。」

「ところがそのような環境の中でも英語が使えるようになる日本人はいます。~自分でさまざまな勉強法を工夫し、あれこれやっているのです。~そのような努力を継続させる原動力は、英語を学ぶことを必然とする何らかの理由です。~尊敬する祖父が『英語をちゃんと勉強しなかったことを後悔している。原書が読めたらと思うけれど、翻訳書に頼るしかないのが残念だよ』と語ったことが心に残ったから(英語を学ぶようになった)。~『英会話が趣味』という人に限ってなかなか英語力がつかないのは、目的が明確でなく、何となくやっているだけだからかもしれません。」

とあります。やはりまず「英語学習の目的を明確にすること」が大切なようです。英語でおしゃべりしてみたい、といった程度の動機では、実際に英語でおしゃべりすることができるようにはなれないようです。(第二章以下は次回に)

(つづく)

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