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Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

何事も受身のままでは神仏に動いてもらうことはできません。発願して、その発願に基づいて努力をしていく、あるいは発願に基づいて具体的な目標を立てて、そのために努力をしていく。この、自分なりに努力を始めてそして努力を続けていく、というところが大切なようです。

発願とは、神様に誓いを立てること。この発願をしたなら、それに相応しいだけの努力をしなければ、ただの空約束になってしまいますね。発願に続けて実際にどれだけ本人が努力しているのか、この努力の過程を神仏は見ておられるということです。本人が努力する有り様を見て、誠の有無を判断しておられるのですね。

深見東州先生によれば、人として成長し続けるためには、自分ができる範囲を少し超えたところ、つまり自分の限界の少し上、これを目指していくのが良い、ということでした。

普通は誰でも、ついつい簡単なほうや楽なほうへと流れてしまうものですが、そこをそう流されないで、あえて難しいことに挑戦するようにしないと、魂も向上しないし背後霊団も応援してくれません。自分なりに、難しいものや水準の高いものに向かっていこうという姿勢に対して、神仏の守護が動き出すということなのですね。

神様も仏様も、やっぱりより良いもの、より難しいことに挑戦している人こそ喜んで守護されるということでした。神様仏様も、守りがいのある人をこそ守りたいということなのです。

それでは物事に挑戦していく時、難しいことに挑戦していこうという時に、どのように祈るのがいいのでしょうか。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

相性というのはどうやって決まるのでしょうか。人によって違うとは思いますが、中には、初めてあったその瞬間に、「この人とはウマが合うな」とか「この人とは友達にはなれないかも」とかってわかる人もいるみたいですね。相手の性格が悪いとは限らない場合でも、どうしてもウマが合わない人、なかなか好きになれない人なんかもいたりします。

いろんな占いがあって相性占いをしてもらえたりしますが、この相性を占う方法に関してもいつもの占いのお友達にちょっとお知恵を貸してもらったりして、教えてもらいました。西洋占星術と四柱推命では相性の違った面、それぞれに異なる角度から、相性について知ることができるみたいですね。いろいろと話を聞かせてもらって教えてもらってはみたのですが、西洋占星術での相性の良し悪しと、四柱推命での相性の良し悪しというのが視点が異なっていて、どちらも結局当たってはいるけれども、どちらもそれぞれに不十分のような感じもしたりして、結局なかなか納得の行く答えにはなりませんでしたね。また機会を改めてじっくり教えてもらおうかと思っています。

ところで、今世、生きているということは因果の法則の下で生きているわけですから、当然前世の影響というものがあるのです。人との相性にもこの前世の影響が現れるもので、例えば前世で敵同士の関係にあった場合は、今世で会った瞬間にゾッとしたりするみたいですね。で、そういう相手は、一緒にいてもケンカばかりになっちゃって、多くの場合、結局はうまく行かないんですね。反対に、前世で家族や近しい人だったとか、一緒に仕事をしていたという人の場合、何だか知らないけれども親近感が湧いてきたりして、ウマが合うな~って感じになるようです。

でも、人とお付き合いする時に何が大切なのか、改めて考えてみると、相性の良し悪しよりももっと大切なことが他にあるのです。それは相手の御魂が良い御魂か悪い御魂か、ということです。相手の御魂が素晴らしいものかどうか、という観点から相手のことを評価することのほうが、ずっと大切なことなのです。

そして、相手の魂の良し悪しを判断するためには、その人が送ってきた人生の足跡を見なければならないのです。過去、どういう生き方をしてきた人なのか、その点を見ていくことが大切なのですが、具体的にいうなら、一つのことをやり通してきたか、絶えず成功してきたか、志をまっとうできたかできなかったか、こういうところを見るのです。取り組んできた対象が何であっても、スポーツでもいいし、勉強でもいいし、仕事でもいいのですが、一つのことを最後までやり遂げた、物事をきちんとけじめをつけて終わらせたという人は、本当に運が良い人なんですね。(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 相性 前世

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

・不はあくまでも結果なんですね。

と、これだけ言われたのでは何のことか分からないのですが、が良いとか、が悪いという今の状況に到達してしまうためには、それ以前に、そういう今をもたらすような過去があったはずなのです。過去の後に今がやってきているわけですから。

それでは今の・不を左右しているものは何かというと、それが分であり(ごう)なのです。分とは幸運の素(もと)。とは苦しみの素。分をたくさん持っていると、幸せが何度も、それも大きく、やってくるのです。が多いと、苦しみを、次々といろいろな形で経験することになります。

たまたま職場があるビルを出て、お昼御飯に出掛けたところ、地震に遭遇した、というケースを考えてみましょう。

運の良い人は、たまたま出掛けたところで地震に遭ったとしても、たまたまお空がよく見える広場に居て、揺れはしたものの落ちてきたものも少なく、揺れが収まるまでその場で待って、それから無事避難することができたのです。

ところが運の悪い人は、たまたま出掛けたところで地震に遭った時に、古いビルのお店でランチをしているところだったりします。それで結局お店から逃げようにもビルが崩れ落ちてしまってどうにもならず、3日くらい瓦礫の下に閉じ込められたりすることになります。

があるという状態、あるいはが重いという状態に分かれていく時には、それまで、そこに至るまでに善行をなしたのか、それとも悪行をなしたのか、という違いがあるのです。善行をなせば自分の分となり、悪行を積み重ねれば自分のとなるのです。そして分が多い人はたまたま運が良い結果となり、が重い人は結局運が悪いということになってしまうのです。

(続く)

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