ワンクリック、プリーズね!


最新トラックバック


プロフィール

ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


最新記事


最新コメント


カテゴリ


月別アーカイブ


FC2カウンター


カレンダー

02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

ブロとも一覧


ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

会員として活動している内に、遅かれ早かれ、なんとなく今のままではいけないかなあっていう気持ちになってくると思います。脱皮に向けて行動する時がやってきたのですね。もちろん誰にでもあることなんですが、会員でいると、ペースがちょっと早くなるかもしれません。で、次に行かないと、という時こそ発願するのにちょうど良い時なのです。以下に再び「絶対運」からお借りしてきましたが、必ずしも気持ちが落ち込んでいる時に発願をするとは限りません。発願はいつでもできますからね。

どんな時であれ新たに発願をするなら、その時点からより積極的・能動的に、自分で自分の枠を乗り越えて行くための取り組みが始められると言えますよね。

引用ここから
-------------------------
 失意のとき、どんな発願をするかが、それ以降のあなたの人生を決める。小さな発願をすれば小さいなりに、大きく発願すれば大きいなりに、運命の歯車は確実によい方向へ回転しだす。それが転機である。

 したがって、絶望したり失意のどん底のときこそ、大いなる転機だと考えるべきなのである。大失敗したり、不運の波をもろにかぶっているときこそ、あわてないことだ。そういうときに限って周囲の人は、親切心を発揮したり、したり顔でアドバイスをしてくれる。その一言一言に感動したり、あるいは胸にささる思いをするだろう。

 だが、他人の助言めいた批判にけっして反論してはならない。自分が今どん底の状態だなと思ったら、批判されようと、助言されようと、一切弁解しないで黙って聞くことである。もし反論したり弁解すれば、その何倍もの批判が返ってきて、評判をますます悪くする。

(中略)

 転機だと思って、うろたえたり、あせってはならないのである。泳げない人ほどジタバタしてますます溺れる。流れに身をまかせて静かにしているとチャンスは必ずくる。

 第一、本当にどん底ならばそれ以下になりようがないのだから気分も楽なはずだ。大きな運命の流れを静かに見つめながら、一切の余分なもの、見栄や虚栄を投げ捨てて、自分の本心が望むもの、魂が欲求していることだけに耳を傾け、それを実現しようと発願することである。

 発願するとき、あなたの自力運が頭をもたげだし、他力運が自力運に合体して幸運の大波を引き寄せてくれるのだ。

 災難に遭う時期は、災難に遭うがよく候
 死ぬる時期には、死ぬるがよく候

 といった気持ちで発願するとき、あなたは世の一流の人物たちと同じように、転機を得たことになり、このとき正しく人生の方向転換を行えば、人も驚くほどのチャンスに恵まれるはずである。

---------------------------
引用ここまで (たちばな出版、「絶対運」)

なかなか人間関係がうまく行かなくて気分が落ち込んだ時に、あるいは仕事で大失敗をしてがっかりしてしまったといった時に、そのままの気分を引きずって何日も過ごしたりしては時間がもったいないと思いませんか。すぐに気分を切り換えて、前向きな姿勢でいることを絶対にやめないで、わざわざ新たな決意表明を神様に向かってするのです。それが「発願する」ということです。

それこそ小さなことでいいのです。悲壮感が漂ってしまうような大きすぎる目標を立てる必要はありません。重たすぎることを始める必要はないのです。前向きな努力を継続するコツは、ちょっとの無理にとどめておいて、実行できることを目標にすることです。無理をし過ぎないことですね。

どんな発願をすればいいのか、それはまた次回に。

(つづく)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング
スポンサーサイト

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ずいぶん前に流行った歌謡曲の歌詞みたいなタイトルになってしまいましたが、さて、あなたの中で、前向きに努力しよう、進歩していこうという気持ちが強くなっている時は、運命の節目が来ている時が多いのです。守護霊が増えたり、交替しつつあるのかもしれませんね。あるいは
星の巡りで何か大きな変化が起きたりしているのかもしれません。

とにかく自分が前向きな気持ちになれたのですから、それをいかに長続きさせるか、そしてそうした気持ちに基づいて実際に行動を起こして実践し続けること、これがとても大切ですね。

ですから、そうした気持ちに合わせてさらに踏み込んで具体的な目標を立てる、具体的に発願するわけですね。そしてそれを手帳に書く、ノートに書く、部屋の壁に貼り出す、カレンダーに書き込みをする、こうしたことをして、いつでも自分の目に留まるようにするのです。忘れないようにするわけです。

そして、一つずつ、一日ずつ、積み重ねていきます。目標は必ず毎日実行するのです。

そうした時に、自分をどのように励ましていくのか。そういう御神示もちゃんと御神示全集の中にありますね。

「知らないことが解るようになった。
 それだけで、大いなる御魂の向上である。」

「もっと解るようになりたい。
 それだけで、大いなる求道心である。」

「もっと偉大な人物になるように己を磨きたい。
 それだけで立派な神人合一の道を歩んでいる。」

(御神示全集、p.303)

解るようになったと実感することが大切なのですね。同時に、もっと解るようになりたいと思い続けることも大切なのですね。そして、「進歩し続けていきたい」と願うこと。これが一番大切なのだと思います。

(つづく)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

どうしても他人のことがうらやましくて人と自分とを比べるのを止められない人がいますが、いつまでもそんなことでくよくよしていても、何も生まれませんし何も発展しませんね。

「天は二物を与えずとか、
 人は生まれながら
 定まった宿命を持つとか言われているが、
 本当は、全て前世でつちかった分だけしか
 今世に備わらないのである。
 人をうらやむな。
 前世の貯えが異なるだけだ。
 今世磨けば、その分だけ功徳が備わり、
 来世までも持ち越されるなり。
 来世に持ち越しが可能なものは、
 信仰、芸術、学問である。」
(御神示録、p.124)

自分のできることから始めましょう。これこそ陳腐な言い回しですが、本当にそうするしかないのです。自分が何ができるかわからないなら、何か信仰みたいなこと、何か芸術みたいなこと、何か学問みたいなことの中から、自分のやりたいことを選べばいいのです。そしていったん始めたら絶対に止めない。死ぬまで続けることが肝腎です。継続しやり抜くことで一切が善となるのです。

何もしないことが一番良くないこと。あわてたりあせったりする必要はないのですが、何もしないのは、やっぱり良くないのです。次に良くないのは、途中で投げ出すこと。何か始めて、とにかく続けていきましょう。

(つづく)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

主体性=他から影響されることなく、自分の意志や判断によって行動しようとする性質・態度、ですね。

会員として活動していると、いろいろな話が聞こえてくることと思います。勤務先で上司や同僚、部下に囲まれて働いている場合と全く同じです。

人間誰でも要領良くやりたいと思うもの。無駄なことは誰でもしたくないと思いますからね。

隣の人が要領良くやっていて、適当に手抜きしたりして、なんとなく上手に休憩したりなんかしていると、真面目な人だったら自分と比べてイライラしたりすることもあるかと思います。

でも、天知る、地知る、人知る、と聞いていますよね。誰も見ていなくても、神仏がご覧になっているから、と思うのが信仰がある人ですから。

お祈りして取り組んだ結果の苦心や苦労はすべて業祓いであって徳積みになっているはずです。

だから、一見面倒なこと、一見無駄なことを、どうしようかな~って悩んだりしないほうがいいと思うのです。あの人には無駄なことかもしれないけれど、自分には必要だという場合もかなりの割合であるものです。

だから、「そんなことしなくてもいいのに」、とか、「そんなことはやっても無駄よ」と言われても、自分にとって大切なことだと思ったのなら、相手の話を鵜呑みにせず自分一人でもいいから挑戦してみましょう。やってみて、体験してみましょう。

人の言葉をいちいち鵜呑みにしてしまって、そうした言葉に振り回されて、試行錯誤することなく前進しても、自分自身で手間暇をかけて時間をかけて苦心・苦労していないぶん、あまり身についていないかもしれませんよ。

かといって、他人の言葉、他人の助言を全く聞き入れないというのも釣り合いが取れない考え方ですね。本当にこちらのことを心配して言って下さっている場合も多いものです。

人の言葉を正しく取捨選択するのも、なかなか大変なことですね。やっぱりできれば上手に中庸を得たいものですよね。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング
ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

梅雨に入って天気がじめじめしてくると、気分まで滅入ってくるような感じになる時もありますよね。

折に触れて深見東州先生の著作を読むようにしているのですが、私のお気に入りの一つは、やっぱり「御神示録」です。その中でも、自分に迫ってくるものは、その時々でいつも違いますね。自分が心配していたり疑問に思っていたりすることがその時々で違うからでしょうね。

でも、いつも思い出すというか好きなものの一つに、次の御神示があります(一部を引用させていただきます)。

「神佛の道にめざす者が、
 一念発起して
 御魂を輝かすことなくして、
 いかにして神佛の加護と応援を得られようか。
 神佛の加護と応援なくして、
 人を助け、導き、救済することは
 不可能と言える。」
(御神示録、p.51)

それに、こういうのも好きですね。

「人知れず努力をする。
人知れず苦労をする。
これが魂の修業である。」
(御神示録、p.78)

私達がこの世に生まれてきたのは、いろいろと人それぞれに天命や発願はあるとは言え、根本にあるのは「御魂磨き」ですよね。すなわち、「自分の御魂を進歩、向上、発展させるために」生まれてきているわけです。

そして、「自分の御魂を進歩、向上、発展させる」とはどういうことかというと、具体的に言うなら、「できなかったことをできるようにする」とか、「歪んでいるな、と思うところを真っ直ぐに改める」ということではないかと思います。それは例えば、人に謝るのが苦手だという人が、きちんと謝ることができるようになる、「私が間違っていました、すいませんでした」と言えるように、自分を変えていく、ということだと思います。

できなかったことが一つできるようになると、本当に運命が変わるのではないでしょうか。

せっかく「冥王星三十六神将」の後押しがあるのですから、脱皮しがたきを脱皮していくのはまさに今、ですよね。自分のできなかったことに挑戦し、自分の足りなかったところを足すように、ちょっとだけ頑張ってみませんか。ますます毎日が楽しくなること、請け合いですよ。

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

人間には、食欲、名誉欲、性欲など様々な欲があります。欲とは、言い換えるなら煩悩のことですが、煩悩があるから苦があり、苦があるからこそ修業が進むのだ、ということなんです。

そして、苦を乗り越えるとは、欲を抑える、すなわち節欲であるとも言えます。

ですから、人の持つ煩悩を全て否定するのではなく、自分に対しても他人に対しても煩悩というものをよく理解して、上手にコントロールすることが肝要であり、それによって人間理解が深まっていくのですね。

煩悩を全て否定し、節欲が過ぎると反動が来ます。

例えば、ダイエットをすると一時的に痩せはするものの、そのあと反動で食べ過ぎてしまってかえって太ったという話がよくありますね。

中途半端に宗教をかじった人の中には、かくあるべき、という理想や倫理観にとらわれてしまって、その基準を絶対視してしまう人が時々いますね。そして、その基準から何でも善悪を判断しようとして、現実社会の中で軋轢(あつれき)が生じてしまうことも少なくありません。

理念的観念的な理想像で生身の人間の良し悪しが判断されたらたまったものではありませんからね。支部長もコミッティもスタッフのみなさんも、そして深見東州先生も、みんな生身の人間です。ですから長所もあれば短所もあって、理想的な人物ではないのは当たり前。(それでも深見東州先生はスーパーマンだと思いたいですけど)

それでも、会員で、発願して神法を受けて、救霊師や九頭龍師になって活動したり、コミッティやエンゼル会員として神業奉仕の日々を送っている人は、そうでない一般の会員よりは素晴らしい生き方をしているのではないかと思うのです。自分のためではない時間の使い方をしているのですから。そして救霊師もコミッティもエンゼル会も全てボランティアで無償で活動しているのですから。

ご奉仕をはじめ、全ては「神様と自分」ですから、それに取り組むのは自分の御魂の進歩向上の糧としていくという前向きな姿勢があるからであって、人間関係のために行うのではないのです。ですから、支部で出会う人を見て腹を立てたり、やる気がなくなるというのは基本的な人間理解が欠けているということです。この世の全ては相対的なものでしかなく、全ては比較級だという原点に立ち戻ると、全ての人を許し、どんな葛藤や障害でも越えていける自分を作ることができます。
このように考えると、ほとんどの苦は、自分か、あるいは自分の想念が作りだした「妄想」だと言えるでしょう。どのようにして苦から縄抜けしたらいいのかわからないのは、自分に知恵と経験が足りないからです。つまるところ自分が物知らずなだけなのです。

深見東州先生も、腹立たしいことは次から次と尽きることなく起きてくるものだとおっしゃっていました。しかしどんな事でも、ものごとは相対的なもの、辛い・苦しいと自分がいくら感じても「あの時ほどではないなー」と思い出せば、何でもいつも前向きに取り組むことができ、より深い愛とより大きな愛が発揮出来るということでした。

こうした修業を、深見東州先生は十五歳で神様の道に発願されてから、四十五年間も貫いてこられたのです。

(続く)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 宗教 煩悩

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

神様が与える試練の中には、病気の苦しみ、経済的な苦しみ、結婚できない苦しみ、対人関係の苦しみ、自分のやりたいことができない苦しみ、社会の理不尽さに直面する苦しみ、といったものがあります。その他にも様々な形で試練が用意されています。

苦しみは他人と共有することができません。悩み、苦しんでいる時の心は孤独です。時には他人が優しく励ましてくれることもあるかもしれないし、一緒に泣いてくれる方もあるかもしれません。

でも、それでも結局解決はしませんから。心の中ではいつも一人ぼっちで状況に立ち向かっていって、くじけそうになるのを必死で踏ん張りながら、試練に立ち向かうしかないですよね。

これが絶対的な孤独、というものなんだそうです。逃げも隠れもできない絶対的な孤独の中に置かれて初めて、その人の誠が試されるのだそうです。苦しみを乗り越えるために全力で叡智を振り絞る中で、その人の御魂が磨かれるのですね。

だからこそ神様は、自ら発願し道を求める人に、何らかの試練をお与えになって、絶対的な孤独の中に置かれるよう、取り計らって下さるのです。これがなくて、宗教的人格の完成は無いからです。

(続く)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 神様 試練 結婚 孤独

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

苦しい時の神だのみ、これはどんな人でも真剣にやってしまうもの。苦しみや葛藤が大きいほど、そこから思わず出てしまう「かみさまあー!」という叫びというか、祈りというか、これが本当に切実になりますよね。

ところが、そうして必死に祈って、何度もご祈願して、何とか乗り切ってしまって幸せがやってくると、いつの間にかあれだけお願いしていた神様のことなんかすっかり忘れてしまうのが人間なんですよね。

それでも神様は、その人が幸せそうにしている様子を見て、「幸せになれてよかったね」と喜んでくれているそうです。

しかし、同時にこんなふうにお考えかも…
「幸せ一杯で本当に何よりだけど、でも人間はそれだけのために生まれてきたんだろうか。本当に大切なことはを向上させること。そのためにんな生まれてきているんだけど」

その人が一年前まで涙を流しながら、「どうしてこんな目に遭うの?私が何をしたっていうの?本当にたまんないわよ」と地団駄を踏んでいたことを神様はおそらく覚えておられるでしょうね。

目に見える幸せが手に入る前、誰にも助けてもらうこともなく、絶対的な孤独の中で、歯を食いしばりながらもがき苦しんで、神様や仏様に毒づいていた時が、実は一番神様に想いが届いていた時かもしれないのです。

幸せを手に入れて満足している時は、確かにこの世の価値観で見てみれば文字通り幸せ、です。しかし自分自身のはどうかというと、実はとはうらはらに、は泣いているかもしれないのです。

(続く)

次の記事を読む→ここをクリック

↓ブログランキングの応援クリック↓
 よろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 神様

 | ホーム |