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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

先日のGパンJFK3000!!、素晴らしい御神業でしたね~。非日常の世界にひたれるドレスやタキシードもいいですが、今回のようにジーンズでというのも新鮮で楽しかったです。

でも、やっぱり思ったのは、深見東州先生がお忙しい中、このような機会を作って下さったことがとっても有り難いってことです。深見東州先生と同じ空間にいられるという経験は過去何度もありましたけど、やっぱり何度経験しても有り難いし嬉しいですよね。

今回も深見東州先生が歌って下さいましたが、私はアメイジンググレイスが一番良かったですね。深見東州先生の生の歌声と、それから会場をまわって、参加者のみんなと触れあって下さったお心遣い。嬉しかったですね。

あそこまでして下さる深見東州先生のお優しさと愛情に報いるためにも、やっぱりもっとお導きをがんばらないといけないと改めて思いました。あんなにお優しい教祖さんて他にいらっしゃるんでしょうか。いないですよね~

最後は、お導きとは何かとか、どういう気持ちでしているのかとか、丁寧に言葉を足してお話しして下さいました。人や組織ではなく、神様のためにやっているということ。ご神業をやり続けていく上での原点を、示して頂いたように思えます。

いくら力になってあげたり励ましてあげたりしても、後足で砂をかけるようなことをして辞めていく人がいる。そういう恩義に反する人がいたりするけど、神様は全部報いてくださるんだよ、その徳分は閃きや叡智などに替えてくださるんだよ、こういう先生のお話に改めて感動しました。

過去のいろんな経験が甦ってきたりして…でもそういう経験をしたからこそより良い説明の仕方とか、どうすればもっと理解してもらえるかとか、どう言えば退会しないで済むとか、自分なりのトークが出来てきて今に活かされているんですよね。そしてこれらが全て神様が私に与えてくださったご褒美なんだと改めて納得できました。本当に心が洗われたお話しでした。

深見東州先生の菊理姫様タッチはもの凄いエネルギーを感じました。肩をたたかれて席に戻ると、かーっと熱くなって。久しぶりの菊理姫様の御神気でしたね。

おみやげに、チョコレートもいただいて。本当に深見東州先生の愛情を感じた会でした。本当に本当に、ありがとうございました。

(続く)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 菊理姫 Gパン

186智恵と証覚

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

徳積みを実践していくことで神様からいただく功侯とは、実は本人だけが授かるものではないのです。私たちを守護している守護霊にも功侯が授けられるんですね。
 
私たちの頑張り度合いに応じて守護霊も数が増えて守護霊団になったり、私たちの目標に応じて守護霊団が入れ替わったりするのですが、どうして守護霊たちが私たちを守り続けているのでしょうか。それは、愛と誠なんですが、守護霊もまた、徳を積んで功侯を授かろうとしているのです。つまり、守護霊として活躍することで、徳を積む修業をしているんですね。そして、その修業に合わせた形で功侯が授かり、神霊世界でのランクも上がっていくようです。
 
私たちが徳を積んで、功侯を授かることは、同時に守護霊もまた功侯を授かることになるわけです。
 
それから、徳を積み、功侯を授かり、さらに徳を積んでまた功侯を授かって、さらに積んでさらに授かって…と続けていくと、あるレベルまで来たら、ひとつの悟りの境地に至ることが可能になります。
 
ものごとをより大所高所から見ていくことができるように御魂が進歩発展するんですね。
 
これを御魂に智恵と証覚が備わるといいます。
 
そして、ここからさらに大善を積んでいくと、より一層大きな徳と、功侯を積むことができるようになるわけです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 守護霊

深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

独善偽善小善のおそれは確かにあるんですけど、善を行う時、人に益することを行う時は、あまりくよくよしなくてもいいみたいです。

日本神霊界では、神様は親の親の、そのまた親をさかのぼっていったその元の親、つまり神様とは私たちの先祖であり、私たちはその神様の子孫だということになっていますので、神様との関係も礼節をふまえつつも親しみ深く、というか親しみ深く神様にお願いしつつも礼節も忘れないで、という感じで、「どうか神様、間違っていたら許して下さい。考え方が浅かったら勘弁して下さい。知恵が足りないなら正しい方向を教えて下さい」と祈ればいいみたいですね。素直にそのまま祈ることが大事みたいです。

善行を為そうとする際に一番大切なのは、自分の心が真心ひとすじかどうかということですから、自分の誠をその時その時に確認しながら、どんどん人に益する努力をしていけばいいんですね。

そして、をどんどん積んでいくと、そのが極まってきます。が極まった結果、「功侯」、つまり神様のほうから見た「功(いさおし)」が立って、無形の「候(こう=きざし・兆候のこと)」となります。つまり、を積んだという実績を神様に認めていただいて、その証(あかし)をいただくのです。これが「神様から功侯を授かる」、ということなのだそうです。

功侯についてもう少し具体的に言うと、天界における爵位であり、神様から見たご褒美にあたるものであり、手柄を立てた功績の度数という言い方もできる、と深見東州先生がおっしゃっていました。

平たく言うと、真心で為した布施行の誠を神様に受け取っていただいたので、その結果として霊的な名誉とご褒美をいただいたということですね。

そして、神霊界にも階位があり階層があって、地位・名誉・位(くらい)といったものもちゃんと存在するそうです。だから決してだれでも平等に扱われるわけではないそうです。平等に不平等にすることが本当の平等なのだ、ということなんですね。

絶対的尺度のまやかしのない基準に基づいて、各自の功績によって平等に神様から評価していただくわけです。だから、100パーセント確実に報われるのです。その結果外見上の不平等が現れるのだということです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 偽善 小善 独善

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

 善行を為し、を積みたいと行動に移す時に注意しなければならない点が、三点あります。それは「独善」「偽善」「小善」です。
 
 独善とは、自分ひとりが善だと思うこと、つまり独りよがりです。世の中の客観的な尺度や価値観を知らないからこうなるのです。
 
 偽善とは、形の上だけ善で、心の中が善ではないということ。
 
 目に見えない無形のとは、まず無形の心、動機=発するところを善にしなければ、本当の善とはならないんですね。それを確かなものにしないで、形の上ばかり善、目に見える結果だけが善なのが「偽善」になるんですね。本当の善には、無形の真実である愛と誠がこもっていないとおかしいのです。
 
 偽善の例としては次のようなケースがあげられます。天理教の信仰をしていたお婆さんが、生前、体施・物施に励んでいました。ところが死んでみたら真っ暗な暗闇地獄に落ちてしまった。そのお婆さんが憑霊した子孫は、「ちゃんと起きているのにまぶたが閉じてしまう」という奇病にかかって、どうしようもないので深見東州先生のところに除霊に来られたのです。
 
 深見東州先生が審神(=霊的な判断を下すこと)した結果わかったのは、「お婆さんが打算的な心、計算ずくの心で奉仕活動や寄付をしたため、神仏に対する誠になっておらず積みになっていなかった」、つまり「自分が救わるために」という想いがあったために、生きていた時にその時その場で真心を尽くすことをしないで、死後の自分のことばかりを心配したので、その計算ずくの心の世界=冷たく暗い世界に死んで落ちてしまったのだ、ということです。
 
 小善とは、自分なりに善だと思っても、より大きな目で見たら、むしろ悪になることもあるということです。口と心と行いの全部が善であっても、それだけでは充分とは言えなくて、より大きな視点から見ても善であって初めて、本当の善になるというわけなんですね。
 
 本当に人に益する行いをしたいと考えるのなら、この三点を注意することが重要なのです。
 
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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 独善 偽善 小善

深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

無形の宝とは何でしょうか。

それは、霊的な視点から考えたときに、「と功侯(こうこう)」というもののことになります。だけでは無形の宝とは言えないのです。と功侯の両方がそろって初めて、無形の宝になるのです。

「無形のを積み、功侯を授かること」、これが無形の宝であり、すなわち「一陽」の「福」となります。そして、無形の宝を積み続けていくと、やがて「化する働き」によって具体的な幸福、すなわち有形の宝になるのです。

それでは目に見えないを積むとはどういうことをさすのでしょうか。

について、ひとことでいうなら、「人に益する行いをすること」となります。人に益する行いこそが善であり徳なのです。目に見える形で益するか、見えない形で益するかはともかく、人にプラスになること、人に益することをしてあげることが、徳を積むことになるというわけです(地徳といいます)。

自分の足りないところを改善し、知らないことを学んだり、自分の悪いところを直そうと努めたりすることで、自分のオーラは大きくなっていくのですが、これは「人徳(じんとく)」といいます。

何ものにも動かされない信仰心によって神力を動かし、不可能を可能にしていく努力を天徳といったりします。

話を戻しますが、人に益する行いとは何か、という問題になるのですが、それは「人によかれ、という想いをもって口と心と行いで表現したこと」が「人に喜んでいただいていい結果となる場合」のことを言うのです。

言い換えれば、「善なる想念を内に抱いて行動した結果が、人様の幸せと喜びに結び付くこと」、ということでしょうか。これが徳となるのです。

しかし、この善行を為して徳を積もうとする時にも、注意すべき点が3点あります。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 善行

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