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ノリコ

Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

 冬至以降、無形の世界では春が始まっている、ということなんですが、陽が一つ現れ出て、だんだん大きくなっていく、ということなのです。

そして、このぽつりと現れ出た陽を「一陽」といい、「一陽来復」という言葉があるのです。これは、陰が極まって陽にかえる、という意味の他に、悪い事が続いたあと、ようやく好運に向かう、という意味もあるのです。つまり、幸せの始まりを表しているのですね。

無形の世界で春が始まり、しばらく間を置いて、有形の世界でも目に見えて春が始まっていくように、私たちも兆しが現れるまで無形の宝を積んでいくことが重要なのです。特に、神の道、人の道、信仰の道にめざすという人なら、無形の宝を積むことに集中しなければいけないのです。そうすれば、冬至がすなわち一陽来復であるように、つまり冬の一番暗くて夜が一番長い時こそが春の始まりであるように、一番人生の大変なところを乗り越えることは、同時にその時には春が訪れ始めているという法則があるのですから、無形の徳を苦労して積むほどに、春になってもたらされる幸せも大きくなるものなのです。

無形の宝を積めば積むほど、幸福の根が太くなります。すなわち、滅びないということです。無形の世界に蓄積があるから、いつでも有形の世界に現れ出てくることができるからです。

地位、名誉をどこまでも永らえ、大道(だいどう=根本の道理)や信仰をどこまでも続けていくには、根が太くなくてはならないのです。この根が太いなら、どんどん新しい芽が出て、どんどん新しい実が生り、永遠に朽ちることはないのです。そしてこの法則は、人生すべてに当てはまるのです。どんな時も運がいいという人は、実はこうした無形の宝を蓄積している人なのです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 有形 無形

深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

無形の目に見えない宝を積んでいけば、有形の目に見える宝に「化する」ということは、『易経』にある言葉

「陰極まりて陽」

と言うことができます。

無形の宝は陰、有形の宝は陽ですね。陰が主であり陽が従です。陰が中心であって、陰から始まり、陽が出てくるのです。しかし、簡単に陰から陽が出てくるわけではなく、あくまでも「陰極まりて陽」、陰が本当にとことんまでつきつめられて、いよいよ熟して、初めてそこから陽が出てくるということです。

これはつまり、「化する」と同じことを表しているのですね。

たとえば時間のサイクルで陰と陽とを考えてみると、一日の循環で考えるなら、夜が陰であり昼が陽ですね。陰陽が交互に巡って繰り返され、一日一日と時が過ぎていきます。

季節で考えてみると、例えば、春分の日・夏至・秋分の日・冬至、とありますが、春分の日は昼夜の長さが等しい時で、それ以降は昼が長くなっていきます。そして夏至(毎年6月21日前後)が一番昼が長く、陽が極まっている時なんですね。それ以降は今度は途端に夜が長くなり始め、秋分でもう一度昼夜が等しくなります。そしてそれ以降は夜が長くなっていくのですね。そして冬至(12月22日前後)に至ると、一番夜が長い時で、それ以降は再び昼が長くなり始めます。

余談ですが、春分は牡羊座、夏至は蟹座、秋分は天秤座、冬至は山羊座と、それぞれの星座のの始まりに一致するんですね。そして、これらの星座はすべてカーディナルサインだということを教えてくれた人がいました。

話を戻しますが、夏至の時は、陽が極まっていて、その直後から陰が長くなり始める。見た目は夏が続いているのに、もう秋に向けて変化が始まっているのですね。そして、冬至の時は陰の極まりですが、直後からは陽が長くなり始める。つまり、見た目では冬が続いているのに、実は春に向けて変化が始まっているのです。

目に見えて秋や春の訪れが感じられるようになるより以前から、秋に向けて、あるいは春に向けて、無形の世界では変化が始まっているのです。

この「陰極まりて陽、陽極まりて陰」の法則は天地自然の運行だけではなく、人の一生、国家の運勢にも当てはまります。

人から評価されて人気者になり、この世の春を謳歌している内に、いつの間にか落ちぶれてしまって消えてしまう、というのは、陽極まりて陰、という法則を知らず、有形の宝が開花しているときにそれに溺れてしまい徳を積み忘れ、次への準備を怠った、ということなのです。

逆に、冬が厳しくとも、無形の世界では実は春がやってきている。最も冷え込みがきつい一月や二月には、実は昼が長くなり始めているのですから、今自分の運命が一番辛いところにさしかかっていると思うなら、それは実は無形の世界では春が始まっている、ということですから、絶望する必要はないのです。まもなくやってくる春を楽しみにして、悲観することなく勇気をもって目前の困難に向かっていけばいいのです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 無形 有形

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

無形の宝といっても、何のことなのでしょうか。

「変化」という言葉がありますが、私たちは「国際情勢の変化」とか、「意識の変化」と言ったりして使っています。

深見東州先生のお話しでは、「実は、無形の何かが有形なものになっていくことを『化する働き』と言い、有形のものが無形のものになっていくのを『変ずる』というのです」ということです。

そして、この化と変とを合わせた言葉が「変化」という言葉なんですね。

化する働きとは具体的にどういうことを言うのかというと、あくまで例えであって化学の視点からの話ではないのですが、空気中の水蒸気が凝結して水滴となって、つまり雨となって降るとき、これを化する働き、と考えていただいていいと思います。

目に見えない状態から具体的に形を取って現れ出てくることを化する働きというのです。

これとは反対に、氷が溶けて水となり、さらに水が蒸発して水蒸気となって消えていくのを「変」と言います。

無形の宝とは何かを理解しようとする時、この「化」と「変」がキーワードになるのです。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 有形 無形

179無形の宝

深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

娑婆即地獄にならないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。それには、「心を無形の宝に向ける」ようにすればいいのです。有形の宝ではなく、無形の宝を積むように心を向かわせれば、有形の世界に偏するのを避けられるのです。この無形の宝を正しく理解し受けとめて、自分の心をそれに向けていけば、やがて無形の宝が有形のものとなって、自然に身に備わるようになるのです。

無形の宝がいつのまにか有形の宝に変化して、自分に備わるようになるのです。

この一点が大変大切なことで、ここを忘れると、自分の修養もできないし、世のため人のために生きることもできなくなってしまいます。そして、天運もつかめなくなってしまうのです。少なくとも、己を磨こうという人、あるいは信仰の道に生きようという人、神霊世界を探究しようという人は、絶対にこの点を忘れてはならないのです。

もし、仮に、無形の宝を無視して有形の宝ばかりに心奪われている宗教者がいるとしたら、その人は、天地自然のことが何ひとつとしてわかっていないということになります。もっとはっきりいえば、無形の世界に心が向いていない人は、信仰しているとはいえないのですね。

例えば、

「お金がもうかりますように」

とか

「入学試験に合格しますように」

といったことしか祈らないという人、こういうことばかり祈願して手を合わせるというのでは、まさに「お蔭信仰」でしかないのです。これでは決して正しい信仰とはいえないのです。

しかし、無形の宝だけでいいかというと、それもまた間違いなのです。有形、無形、両方の宝が大切なのですが、無形の宝が主で有形の宝が従とならなければ本当ではないのです。有形の宝には一切執着せず、絶えず無形の宝を積んでいくことで、結果的に有形の宝も生み出されていく。そしてこの生み出された有形の宝に執着せず、さらに無形の宝を積もうと努める。こういう姿勢が大切なようです。天運とは、こういう積み重ねの結果、もたらされるものなんですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 無形 有形 地獄 天国

178安心

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

娑婆即地獄というあり方に対して、心の中が無執念、無執着になると、平和で安らかな恍惚とした世界になります。これが仏教でいう、安心立命ですね。

これまでの宗教は、有形の宝のもたらす悪い面を強調しようとした結果、結局は有形の宝を全面的に否定することで、心の中に平安を見出そうとしたわけです。もちろんこれはあくまでも一般論ですけれども。

現代は、物質的生活は豊かになってきて、社会的制約・身分差別も少なくなっています。こういう時代に、有形の宝を全否定して、その有益な面を考えてみたり活用することを一切しないという態度では、人々の幸福になかなかつながっていかないのではないでしょうか。現代は、主神の本来のお気持ちを、そのまま伝えても納得のいく時代になってきているのです。

昔風に、山の中に分け入っていき、瞑想にふけるだけなら、争ったり葛藤したりすることもなくて済むでしょうが、それは主神の本来の願いではないのです。また、それが真の幸福につながらないことは、私たちの心が一番よく知っています。

物質的にも恵まれ、同時に心が平安な時に、私たちは真に幸福を感じるのですね。だから肉体を持って生まれてきた以上、有形の宝も必要なのです。

肝心なことは、「私たちの心の置き所が有形の世界だけに偏ってしまうことがないように注意する」ことなのです。異性、財産、地位、名誉……こうした目に見える事柄だけに執着心をもつから生きながらにして地獄を味わうはめになる人が出てくるのです。

娑婆即地獄を避けるためにはどうすればいいのでしょうか。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 有形 無形 地獄 天国

177妄念妄想

深見東州先生は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。また、半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

有形の宝に大きな問題があるのもまた事実です。

有形の宝ばかりを追求していると、執着心が生まれ、妄念妄想がわいてくることなんですね。それが霊的な視点から見ても、現実界という視点から見ても、不幸の種となるからなんですね。

執着心とはしばしば生霊の形で他人や自分に悪影響を及ぼしてしまうという話しは以前にしたことがありますが、執着心とはすなわち、妄念妄想へと「進化」していくわけです。

あまりに財産ばかり追い求めると、ついには物欲のとりこになって、心の中が地獄と化してしまいます。これが問題なのです。それは、異性であっても、名誉(=仕事上の出世や業績など)であっても同じことです。

ですから、古来から、多くの宗教が有形の宝に対する欲を捨てるよう、教えてきたのですね。

法華経には、「地獄とは、妄念妄想、これ正体なり」と書かれているそうです。

すなわち、有形の宝に執着して、妄念妄想を出すことによって、心の中が地獄界になっしまうことを言っているのです。そして、心の中だけで済むならまだいいのですが、この心のあり方=自分の想念が常頃あるあり方、が死後、自分が行くべき霊界の高低までも決めてしまうのです。

死後、迷い苦しむことになるのは、まさに今の現実において自分が誤った生き方をしていることが原因なのです。

そして、欲にとらわれた結果ほとばしり出るようになってしまった妄念妄執は、心の外にまではみ出してしまうようになり、悪想念の念波や、生霊となって、他人との争いや葛藤、いがみあい、果ては殺し合いにまで発展することさえあるのです。ここまできたら、娑婆即地獄(=今自分がいる現世がそのまま地獄になってしまっている様子)ですね。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 地獄 生霊 妄想 妄念

ワールドメイトとは、深見東州先生をリーダーとするグループです。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしていらっしゃいます。

自分を磨いて天運をつかみ、自分も人も、ともに幸せにしていくことについて。

無形の、という言い方があります。

私たちが「もの」と言うときには、人によっていろいろと思い出すものが違ってくると思います。あなたにとって「」とは何か、と尋ねられたら、その答えは、金銀財であったり、地位だったり、名誉だったり、先祖代々受け継いできた土地だったり、所有している株式だったりと、いろいろな言い方があるでしょう。子、というくらいですから、子供が物だという人もいらっしゃると思います。

いずれにせよ、通常私たちが宝と呼ぶものは、現実界の宝、つまりこの三次元の世界の形のある宝ですね。金銀財宝にせよ、田地田畑にせよ、いずれも有形なものであって、この三次元世界に肉体をもって生きている間は所有できても、死後の世界にまではもっていくことはできません。

そういう意味では大変「刹那的な宝」ということが言えますね。

ここをとりあげて、

「有形の宝は空しいだけ。有形の宝を追うものではない。無形の実相や天国にこそ真実があるのです」

と教えてきたのが宗教ですね。

でも、有形の宝、この三次元世界の宝が悪なのかというと、そうとばかりも言えないと思います。有形の宝も必要ですよね。

それは、有形の宝と無形の宝と、この両方がそろって、人間は幸せを実感すると言えますし、実際に神様は有形無形、両方の宝を与えようとなさっているようです。

有形の宝を追求することが、間違っているとばかりは言えないんですね。

ただし、有形の宝には大きな問題があるのも事実です。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 天運

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