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Author:ノリコ
私の尊敬する深見東州先生についてご紹介いたします。


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お月さま636

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日のスーパームーン、大きかったですね。

氷見のスーパームーン


ちょっと写真が粗くて、ちゃんと見えないのですが、本当に誰にでも分かるくらい大きかったです。

でもこのお月さまが神様が顕現された証しなんだと思うと、やっぱり手を合わせないではいられませんでした。

このお月さまの影響力は2016年中は残っているとのことですから、あと一ヶ月、たくさんたくさんお祈りを捧げたいと思います。



(つづく)

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久しぶりに氷見の海岸にやってきました。

始めて来たのが2005年のはずなので、もうそれから数えて11年になるんですね。

何回来ても、本当に素晴らしい場所だと思います。みんなのお祈りが凝結しているし…

今回も到着して落ち着いたら早速海岸でいっぱいお祈りしました。

本当に気持ちがよくて、何度来ても嬉しくなる場所ですね。

氷見20161113


(つづく)

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一人きりで何かに打ち込んでいる時には没我没入するのは容易なことですね。宿題をしている時であれ、読書であれ、楽器の練習であれ、絵を描くにせよ、一人で自分だけで取り組んでいる時にはすぐに没入することができるはずです。

ところが他人がいると、没我没頭はなかなかできないものです。没入し過ぎると人の言葉が聞こえなくなったり、人から呼ばれているのに応答できなくなったりしてしまうので、そこまでは没入できないことも多いですね。

そういう場合には、自分の読んでいるものを読みながらも、あるいは相手の話を聞きながらも、頭の中に良い映像を想い浮かべるのです。そうすると頭の中に善なる因縁ができてくるということなのです。相手の話を聞く時であれば、なるほどと思いながら、相槌を打ちながら、良い場面を想い描いていくのです。

只今に生きることがとても大切なのですが、同時に未来のことも想い描いて、未来のことを先取りしながら只今に打ち込むようにすると、自然に、今、行うべきことに出会うようになってくるそうです。未来の霊界や神霊界をどんどん良く想い描いて取り込みながら、今を生きるようにすると、大変善なる因縁と善なる霊界が動くということなのです。将来の良き姿、未来の良き在り方を想い描きながら、今現在の目の前の課題に打ち込むようにすると、とても善き因縁、善き霊界が動くのだそうです。

只今に生きながら、頭の中では善なる因縁をいつも作っている。頭の映像の中に、自分も幸せになっている様子、相手も幸せになっている様子、これを想い描くのです。

そうすると、自分自身が良きものをもたらす人に変身することができるわけです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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一見外に現れた行動を見ると努力しているように見える場合であっても、どんどん自分で悪因縁を作り続けている場合があるのです。自分の頭の中、自分の想い描く世界が善なるもの、良きものになっていない場合ですね。

頭の中で何を想い描いているのか、何を連想しているのか、それによって、その人の霊界が決まってくるのですね。明るい未来、楽しい未来、明るい夢、発展的な将来といったものを想い描いていれば、その人の霊界は明るいものになりますよね。

言葉と行いは一見丁寧で言われた通りに素直にやっているのですが、本人が良き映像世界を想い描くことなく、気持ちも頭の中の映像の世界も暗いまま、執着心に満ちたままでやっていたのでは、なかなか人に喜ばれる結果にならないかもしれません。頭の中で悪因を作っていて、善因を作っていないから、運気が改善されないのです。

「人もよかれ、自分もよかれ」という映像をありありと想い描いて、そこに真心のこもった想念を乗せて、その上で振る舞うことが大切なのですね。

 頭の中にいい画像を作っていく。「人も良くなっている。自分も良くなっている。もうみんながすでに良くなってしまった」という映像をいつも想い描いている人というのが、頭の中に善因を作っている人だということなんですね。

(つづく)

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自分の想いが向かう対象によってどのような違いが生まれてくるのか、「一念の自己管理」について、参考になる内容が「絶対運」に著されていますので、改めて見てみたいと思います。

引用ここから------------------

「霊的な能力を持っている人と接するときには、少々気をつける必要がある。」

「へたをすると自分のせっかくの運を悪くする可能性があるからだ。とくに、霊能力を使って商売をしている場合、たとえそれが宗教家であっても同じである。」

「~~マイナスの霊の波動は粗雑であり、その粗い分だけ余計にはっきり見えたり、感じられたりする。その結果、霊能者はつねにマイナスの波動を持つグロテスクで邪な存在と交流をしていることになる。たえず醜悪なものと対面しているから、どうしても彼の注意はそちらに向けられる。そしてマイナスの波動をつねに浴びているうちに、醜悪な面ばかりを引き出し拡大してしまうクセがついてしまう。」

引用ここまで------------------
 
 基本的に、霊能者は悪霊にはなじみやすく、高貴な霊と交流することができる人は少ないのです。さらに言うなら神霊と交流できる霊能者はまず存在しないでしょう。霊と交流するから霊能者なのであって、霊であっても神様であっても、その霊能者の生き様に相応しい霊や神仏しか来ないからです。

 ですから、霊能者は結局低い霊界、いやな霊界、いやな霊のことしか見えないことが多い。したがって、そういういやな世界、いやな霊のことばかりに意識が向くので、結局そういういやな霊の話を聞かされることが多くなるのです。そうすると、こちらの意識もマイナスの要素ばかりを意識するようになってしまいます。

 すると自分の中からも、マイナスなものばかりが出てくるようになるのです。外から悪いものがやってきて、それに呼応して自分の内側からも悪因縁が出てきてしまうのです。これでは元も子もなくなってしまいます。

 深見東州先生が何度もおっしゃるように、よき想い・よき言霊だけを発するように心がけ、決して悪しき想いを言葉にしたり、行動にしたりしてはいけないのです。

 絶対運には続いて次のようにあります。

引用ここから----------------

「欠点以上に長所や美徳を引き伸ばし、その善なる方向に全神経を傾けさえすれば、その人物のパーソナリティを一層優れたものにすることができるはず~」

「プラスの明るい面ばかり見る努力をしていると、霊界が変化していく。そうするとお互いにプラスの面ばかりを強調し合うようになり、当然運気も急上昇する。」

「霊能力によって霊界のマイナス面しか見ることのできない人は、たとえそれがどんな教団の教祖であろうとも、いかなる団体に属していようと、真に人を幸福に導いていくことはできない。」

引用ここまで----------------

どんなに白々しくても、本当のことを言う必要はないのです。わざわざ悪い部分に意識を向けさせる必要はありません。

また、あなたが本当のことを知りたいなら、他人から聞こうとするよりも、自分の守護霊に向かって祈るほうがいいかもしれませんね。

自分の想いを野放図に(=思うままに、勝手気ままに)垂れ流して、その想いに浸っているのでは、動物と同じなのです。自分の想いを管理して、前向きで発展的な想いのみが本当の自分が出しているものだといつも自分に言い聞かせることで、ようやく自分の悪因縁を封じることができるようになるのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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「一念の自己管理」の具体的な方法として、「宇宙からの強運」には次のように記されています。

引用ここから------------------

「例えば、何か嫌なことがあった時、誰かを恨むのではなく、『ああ、これでまた一つ自分の劫が消えた。よかった、よかった』と思うようにする。あるいは、『本当はもっと不幸な目に遭うかもしれなかったのを、神様がこの程度で済まれてくれたんだろうな。ありがたい、ありがたい』と喜ぶようにする。その良い念が、良い運気と引き合って、良い守護霊の加護を強くする。マイナスの想いを媒介にして、不幸にしてやろうと思っていた邪霊も、『あらっ?』ということで近寄れなくなる。」

「これが『一念の自己管理』というものであり、天台宗を大成した中国の智顗が説いた『一念三千』の教えを、日常生活の中で活かせる応用形といえる。まさに、今現在出す一念が、三千大三千世界をかけ巡り、その念の種類にあわせて、自分の魂が天国界にも地獄界にも感応するのだ。つまり、『ただ今』の一念こそが、善悪正邪、天国地獄の分水嶺となっているのだ。それを知れば、マイナスの『想い』を後生大事に抱えていることが、いかに馬鹿馬鹿しいことかわかるだろう。」

「だから、~、マイナスの想いをプラスに変える考え方の工夫というのは、単純なようで実に大きな強運のコツだということだ。」

引用ここまで------------------

自分の中にマイナスの想念が生まれても、それをそのまま口に出すのはよしたほうがいいのです。口に出して、具体的に言葉にして言ってしまうと、それによってその世界が具体化してしまうのです。

だから、口に出す時には必ず、無理矢理にでも『業が祓われたに違いない。ありがとうございます』と言うようにするのです。必ずそうするように習慣づけておけば、自分の魂を自分で地獄界に落とすことなく済むのです。どんな時にもどこにいる時でも、必ず言い直して、思い直すようにするのです。こうすることで、自分の魂が守られるのです。

ですから、自分の感情に素直になって何でも言えばいいわけではなく、明るく楽しく前向きな時だけ、その気持ちを言葉にして自分に言い聞かせればいいのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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私の知り合いにとても短気な女性がいます。その人は、思ったことをすぐ口に出してしまうんですね。また、何か嫌なことがあると、すぐに腹を立てて怒り出してしまうのです。

ところが、皆様もご存じのように、心はコロコロと変わります。

深見東州先生の「宇宙からの強運」に、次のように書かれています。

引用ここから--------

「自分の考えは絶対だ、そう簡単に変えられないと普通は思っているが、そんなことはない。それは思い込みである。考え方なんていくらでもあるし、自分でいくらでも変えていくことができる。考え方なんて、自分でクリエイトしていったらいいのだ。

『私はこうだと思うんだけど』というのは、その『思い』にやられている。その『思い』があきらかにマイナスなものでも、『自分の思いなのだから大切にしなければ』と思うのか、その情感に浸っていたりする。しかし、自分の思いなんてどうでもいいのだ。なぜなら思いなんて、絶えず変わるものだから。

 いいものを見たら、気持ちがよくて幸せな気分になるし、嫌なものを見たら気が沈んだり、腹が立ったりする。寒い時や空腹の時は弱気になりやすいし、暑い時はやる気をなくしやすいものだ。美人を見たら元気が出るし、失恋したらドカーンと落ち込む。

 想い、それはその時々見たり聞いたりしたもの、五感で感じたものにいつも影響されて、コロコロ変わるものなのだ。コロコロ変わるから心(こころ)というのだが。

 同じように、考え方というのも絶対的なものではなく、五感で感じるものによっていつも影響を受けている。あるいは、その時々の想いを合理化して言葉で説明することを『考えること』だと勘違いしている場合さえある。だが、考え方をちょっと工夫すれば、想いなんて案外簡単に変えることができるのだ。

 だから、マイナスの想いが出た場合には、プラスの考え方を無理にでもひねり出して、『これがいいんだ』と思えばいいのである。」

引用ここまで-----------------

自分の考えていることについて、ぼんやりと自分で良し悪しを判断しようとしてもあまり意味はありません。自分だけで自分の考えていることの良し悪しを考えても「自家中毒」のようなもので、正しい結論に至るのは難しいでしょう。

自分よりも優れた人、自分よりも運の良い人、こうした人のものの見方や考え方を取り入れて初めて、自分にとって何が良く何が悪いのかがはっきりしてくるのではないかと思います。

さらに言えば、優れた人達が、その考え方や判断の仕方の根拠としている「より良き考え方=天地の法則」を学んで、「より良い考え方」を自分でもできるようにすればいいのです。

そうした天地の法則の中の一つに、「一念の自己管理」があるわけです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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神なる存在、神仏のこと、こうした存在を科学的に解説するという発想は魔界を広がらせる可能性があるのです。

科学というのは帰納法がその原点である、という説明をされることがあるようです。帰納法とは、いろいろな現実的な現象をいくつも集めてきて、それらの事柄に共通して付随する出来事や法則を見い出し、そうした法則性に基づいて仮説を立てて、その仮説を検証することで科学的根拠が固められていく、このように使われるようですね。

私たちが神仏に臨む時も、同じように、どのように祈れば神様が動いてくれるのか、失敗した時は何が原因でうまくいかなかったのか、そうした経験を積み重ねていくことは大切になりますが、それは神仏の存在を知的に把握したいからではありません。神様や仏様に動いていただいて、奇跡が起きるのを見聞きするのが嬉しいからです。

そして、神様仏様の存在というのは当然のことであり、科学的に証明されようがされまいが、自然にお祈りしてしまう、というのが本当の信仰なのです。

神様の存在が科学的に証明されない限り神様のことは認めない、という姿勢は、人知を過剰に信頼し過ぎていることから来ているのでしょう。そういう姿勢は、霊界物語に描かれているという内容によると、「自分の親に向かって、あなたが私の親だということが科学的に証明されない限り、あなたを親として敬うことはいたしません」というのと同じだということです。

冷静に考えれば、宇宙の全て、自然界の全て、あらゆる生き物達を創り出した神様という存在を人知で説明できるわけなどないと分かりそうなものですが、本気で科学で証明できないものは信じないのだ、という態度の人もいらっしゃいますね。

信仰とは、親子が自然に交流して、理屈抜きに子は親を敬い親は子を慈しんで、というのと同じで、理屈抜きに神を慕い、神はそうした人の想いによって守護と神徳を授けて下さるもの、こういうことだと思います。

科学的に証明されない限り神仏のことなど信じない、というのは、無自覚ながらも傲慢なのだ、ということでしょうね。

神様というのは知的に理解する対象ではないのです。お慕いして、御用にお仕えしたいと思う対象であって、その結果こちらの想いにちゃんと報いて下さる、そのような存在なのです。それを、知的に説明できると考えること、そのように教えることは、嘘を教えていることに他なりません。だから魔界が広がることになるのです。

(つづく)

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神仏について、科学でその存在の証明をすることはできないでしょうし、存在を否定することもできないということでしたね。

でも、科学で証明できないものは信じないので、という人は案外多いのではないでしょうか。まあ言ってみれば「科学」という新興宗教を妄信、盲信しているのと同じです。

科学的に科学が語られるようになる以前に、法隆寺も東大寺も建立されて、今日まで信仰が続いているわけですし、科学が科学的に語られるようになる以前から太陽やその他の天体は地球とともに存在していて、地動説がどうやらより実情に即しているらしいと人々の認識が改まるまでは、誰もが皆、地球が宇宙の中心に位置していて、太陽もその他の天体も、地球を中心にして地球の周りを回っていると信じていたのです。それは、おそらく、そのように教わっていたからです。

自分が確実に分かることというのは、自分で自分のことを叩いたりつねったりしたら痛く感じる、ということぐらいで、お腹が空いたとか眠たいのかどうかといったことすら、最近ではよく分からなくなることも多いですからね。

ですから、「神様のことは分かってからなら信じることができる」という考え方というか神様への向かい方というのはあり得ないわけです。たぶん永遠に分からないままなのです。

それなのに、時々、本当に神様が実在することを実感できるのがワールドメイトであって、その実在する神仏を取り次いで下さるのが深見東州先生なのですから、いかに尊く有り難いことかということなのですけど。

とにかく、神様のことが証明されたらちゃんと学びたい、とか言う人は、要するに神様のことが好きではない人なのです。好きでない人に向かって、「興味を持って」ともちかけてみても、なかなか難しい面がありますよね。

(つづく)

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ワールドメイトは「他力」を敬い、「他力」を動かすことを大切にする団体であり、この「他力」に導かれて「自力」も成長させていく、この考え方を活動の基本にすえています。

自力でやっているつもりでも他力に助けられているものであり、他力かと思ってもまず自力で努力しないと他力の助けもやってこないのです。

そうは言っても、まず他力をもたらす存在を敬い、理解していただいて、受け入れていただいて、動いていただいて、守護・導きをいただく、これがワールドメイトの活動の根本にある考え方です。

他力とは、神様であり仏様であり、守護霊達のことです。また、肉体を持っているこの世の人達、自分を助けてくれる友人や知人のことも含みます。

想念術はワールドメイトにはなじまないものです。ワールドメイトでは想念術を実践することはありません。というのも、想念術では、決して他力を動かすことはできないからです。想念術の世界にとどまる限り、決して他力、すなわち神様や仏様に動いていただくことは不可能なのです。想念術の考え方は、宇宙根源の神に始まって八百萬の神々様を敬うワールドメイトの活動とは、基本的な部分で相容れないものなのです。

そしてまた、想念術で発揮されるのは、我力であってその我力から来る念力です。念力が強ければそれだけ霊力も強くなりますが、それは霊力であって神霊力ではありません。我力にのみ意識が集中し、すべて我力によって成し遂げられたのだと「勘違い」してしまう想念術の世界には、愛情と感謝が欠落しているのです。自分が努力する姿を見て、守護霊団が援助してくれて、またこの世においても友人・知人が助けてくれることになって、結果として物事が成就したり成功したりしたのに、それをすべて自力だけで成し遂げ、自分が思い描いたからだと思い込んでしまうのです。こうして愛情と感謝が足りないまま、どんどん傲慢になっていく人が、想念術に熱心な人には多く見受けられるようです。

何をする時にも、まず他力を尊び、神仏と守護霊団に感謝することから始める信仰者としてのあり方にはほど遠いのが、想念術を駆使する姿であると言えるでしょう。

したがって、ワールドメイトの会員が想念術に凝るということは、あり得ないのです。

(つづく)

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結局のところどう祈ればいいのでしょうか。

執着の無い、執念でないお祈りを捧げること。また、祈る先とは神仏であって、深見東州先生ではないということ。この2点を確実に押さえたお祈りをすればいいわけです。

一番のキーワードは、「本日のこの集まりがよき御神業となりますように」というものです。自分の執念執着を捨て去って、明るい祈りに徹するためには必須のキーワードです。

次に大切なことは、参加者全員、申込者全員のことを祈りに入れるということです。自分のことではなく、参加した皆さんのことを祈るのです。皆がお互いにこのように祈るなら、全員にあまねく神徳が行き渡るのです。

そして、もう一つ理解しておかなければならないのは、「深見先生にどうしても~~して欲しい」とどんなに願望を向けても、絶対に深見先生はそのようにはなさらないということです。なぜなら、どんな時も、深見先生は神様のおっしゃる通りにしかなさらないので、「先生がこうしてくれたらいいのに」といった種類の想いを向けると、だいたいその正反対のことが起きるか、あるいは何も起きないか、という結末になるのです。ですから、「どうしても今日しか衛星放送に参加できない、だから深見先生、出てきて~~~~~~~~~~」という想いを出すと、10回中10回、出てこない、始まらない、ということになるようです。「自分の想いや願いを神様を経由しないで他人にぶつけることは我執でしかない」のだということを理解することが必要なのです。

ですから、願いがあればあるほど、想いが積もれば積もるほど、神様に語りかけて、神様に対して祈りを積み重ねて、最後には必ず、「いろいろと申し上げましたが、すべて神様の御心にお任せいたしますので、一切が善となりますように」と締めくくることが大切になってくるのです。

(つづく)

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神仏に祈りを届ける時に鍵となるのが、「執念・執着」なのですよ、ということを前回に申し上げたのですが、どういうことかというと、

執念・執着に満ち満ちた祈りだと神様に通りにくい、神仏がなかなか聞き届けてくれない、ということが言いたかったわけです。ですから、入門篇を受講して一通り要点を勉強するのですね。

そして、衛星中継に参加する時にもう一つ理解しておかなければならないことは、深見東州先生は仲取り持ちなのだ、ということです。

深見東州先生は「お取り次ぎ者」の立場にある方なので、つまり、仲取り持ち=仲介者なので、深見東州先生に対して想いを向けても、皆さんの願い事がかなうといったことは起きないのです。深見先生に向けて自分の願望をぶちまけても、神徳が増えたり、神様がいっそう派手に降臨したり、神様がこちらの願いを聞いてくれるといったことは起きないのです。

皆さんが祈りを向けなければならない相手とは神様仏様なのです。

そして、先に、神仏が同調しやすい祈りの内容を説明しておいたのですが、自分の欲・我執に満ちた祈りを神仏に向けても、なかなかそれを聞き届けてくれるということは、正神界の神々、正神界の仏様の場合には、なかなか起きないことなのです。

ですので、「どうか深見先生に出てきて欲しい」、「どうか深見先生のお取り次ぎをしっかりと体験することができますように」、「絶対に今回の衛星中継で証しをもらいたい」、「どうか今回の秘法会に参加することで自分の望みをかなえて欲しい」といった想いで衛星中継に望むと、実は深見東州先生のお取り次ぎの邪魔になることはあっても、あるいは神仏の功徳を遠ざける効果はあっても、逆にすぐに神仏がやってきて大いなる功徳を現すということにはなかなかなりそうもない、ということなのです。

それなら、結局のところどう祈ればいいのでしょうか。

(つづく)

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今現在会員でいらっしゃる方は、友人・知人から紹介されて、あるいは書店などで深見東州先生の著作に出会って、ワールドメイトを知って入会されたという感じでしょうか。

ワールドメイトで会員として学びを深めていく際に一番大切なのは、神仏に動いていただいて、守護をし続けていただくことです。

それでは、どのようにすれば神仏からずっと守っていただける自分であり続けることができるのでしょうか。

それは、人として成長し続け、自分を向上させ続け、その結果人様の役に立つことを為して、社会の役に立つことを為して、結果としての内なる徳積み、外への徳積みを続けていく、こういう自分でいること。内修と外慈を貫いて、学び続け徳を積み続けていく、これを死ぬまでやり抜く自分でいること。こういう自分であれば、それは神なる存在、仏なる存在と同じ志を持つわけで、したがって、永遠の守護が約束されることになるのです。

神々様、仏様達と同じ想いを抱いて、同じ過ごし方でその時々を過ごすなら、当然神仏と同じ生き方となるので、神仏から守護が得られるわけです。

ところで、我見、我執、執念、執着、妄執といった言葉があります。

我見とは、「ひとりよがりの、狭く偏った考え」です。我見は、我執と同じ意味で使用されることもあるのですが、それでは我執とは何でしょうか。我執とは、「自分だけの狭い考えにとらわれ、そこから離れられないこと。また、その狭い考え」のことです。要するに我見とか我執とは何かというと、例えば「自分一人だけが自分の意見にこだわって身動きが取れなくなっている状態」といった感じでしょうか。まあ、ひとりよがり、という言葉を言い換えているだけですけど。自分なりのものの見方にとらわれているわけですね。

執念とは何でしょうか。執念とは、「一つのことに深くとらわれて、そこから動かない心」ということです。この言葉も、自分の考え・主張・意見にとらわれてしまって動けなくなっている状態を表す場合があります。

執着とは、「ある物事に心が深くとらわれて離れないこと」ですね。

妄執とは、「仏教で、心の迷いから物事に深く執着すること。迷妄から生じる執念」とあります。

要するに、ここに今挙げた言葉は、いずれも心がとらわれてしまって身動きが取れない状態を表す言葉なのです。

そして、神仏に祈りを届ける時に鍵となるのが、この「執念・執着」なのです。

(つづく)

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ワールドメイトは「他力」を敬い、「他力」を動かすことを大切にする団体であり、この「他力」に導かれて「自力」も成長させていく、こういう考え方がその活動の基本にあるということは前回でも書きました。

自力でやっているつもりでも他力に助けられているものであり、他力かと思ってもまず自力で努力しないと他力の助けもやってこないのです。

そうは言っても、まず他力をもたらす存在を敬い、理解していただいて、受け入れていただいて、動いていただいて、守護・導きをいただく、これがワールドメイトの活動の根本にある考え方です。

他力ということで一番身近な存在が守護霊様ですね。何しろ普通の人ならまず間違いなく自分と血のつながった先祖の中で、あの世での位が高い方が務めて下さっているはずなのです。

守護霊が交代したといっても、本人が御魂を発動させて、具体的な努力にとりかからなければ手助けをしてはいけない約束になっていますから、とにかく守護霊交代を受けた人は、ぜひ新しい目標を立てて、勉強や仕事、お稽古ごとやご奉仕の予定を具体的に立てましょう。そして、計画倒れにならないよう、今すぐ、今日から、その勉強や仕事にとりかかるのです。そして何にどのように取り組んだのか、必ず記録を取っておくこと。この記録や、自分の目標や進捗状況に応じてどんどんお祈りに入れていくのです。

そうすると、やる気とひらめきがどんどん湧き上がってくる感じになりますから、それをまたメモしておいて、着々と黙って実行していきます。自分の中のひらめきや、何を自分が祈ったかといったことは他人にいちいち言うことではありません。話すと離れますから、邪魔が入るのです。
明るく楽しく前向きで発展的で自分や物事の改善・向上につながるひらめきこそが守護霊さんからの正しい導きです。思いつきに歪みが伴ったり、誰かを犠牲にしたり、良識に則っていないものは守護霊さんからのひらめきではないはずです。

神様に発願してどんどん実行していけば、当然ですけど、必ず実を結ぶ時がやってきますよ。

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ワールドメイトは「他力」を敬い、「他力」を動かすことを大切にする団体であり、この「他力」に導かれて「自力」も成長させていく、こういう考え方がその活動の基本にあるということは前回でも書きました。

自力でやっているつもりでも他力に助けられているものであり、他力かと思ってもまず自力で努力しないと他力の助けもやってこないのです。

そうは言っても、まず他力をもたらす存在を敬い、理解していただいて、受け入れていただいて、動いていただいて、守護・導きをいただく、これがワールドメイトの活動の根本にある考え方です。

占いは良し悪しだけに関してはすぐに結論のようなものを出してくることはできるのですが、それではなぜそうなるのか、その点についての理解と説明が浅すぎるのです。「裏が無い」からうらないなのです。表面的・一面的にしか物事を見ていない、ということなのです。

もっと具体的に言うなら、なぜ自分がそんなふうに運が悪く生まれてきたのか、あるいは何故自分が理屈抜きに神様事が好きなのか、運が良いことや運の悪さをどのように受け止めればいいのか、全く占いでは説明できないし、そういう解説をすることができる占い師もほとんどいないはずです。

運が良く生まれたのも、運が悪く生まれたのも、すべて理由があるわけです。その理由とは「因果の法則」であり、自分自身が前世、二つ前の前世、三つ前の前世……、で積み重ねた徳分と劫とが、それぞれ、今世の喜び・楽しみと苦しみ・悲しみの源になっているわけです。そして、「」相応の理」という法則があって、自分が為した事柄にふさわしく、自分の今世持てる運命にぴったりと合う天の時、すなわちそういう星の配置の時に生まれてくる、自分の命運にふさわしい家に生まれてくる、こういう理屈になっているのです。もちろん自分の生まれた家にも、徳と劫が備わっており、自分が生まれた家こそが、自分の徳と劫に見合ったものなのだということを理解して受け入れることが大切なのです。

占いは診断するだけです。横から見ているだけで何も解決策をもたらさないのです。なぜなら、自分がそういう天の時に、そういう家に生まれたことの意味を、事実以上に掘り下げて理解し咀嚼することができないからです。自分がそのように生まれてきた奥には、因果の法則があるということを理解することが大事なのです。

相応の理、善因善果、悪因悪果、こうした法則の下に生まれ変わってきているからこそ、今、自分がそのような運命を持つことになっているのだと理解しなければいけません。そしてさらには、これもほとんどの占い師が説明することができない点なのですが、徳を積み、劫祓いをすることで運命を改善していくことができるということ、この点をしっかりと理解することが肝心なのです。運命とは固定されたものではなく、良き想いを持ち続け、同時に自分を磨き続け、人を助け続けることで必ず改善されるのです。親が徳分を積めば、その子が幸せを得ることができ、その子がさらに徳を積めば、その孫が喜び事で満たされることになるのです。

今得ている徳を、自分を磨き、人を助けるために活用するなら、その徳は倍々ゲームのように結局は自分に還ってくることになり、それによって家族・一族をことごとく繁栄に導くこともできるのです。

ところがそのような法則と運命の改善法があることを知らず、実践したこともない占い師がほとんどであり、そのような法則を説く占いもまず無いというのが実情です。

だから、どんなに占いで観てもらっても、何も現状を改善することはできないのです。

例えば占いの見料に5,000円出すくらいなら、箱根神社に参拝して発願し努力を積み重ねて、具体的に成果を紡ぎ出そうとするほうにそのお金を費やしたほうがよほど生き金になるというものです。

運命の奥にある法則を知らない占い師に観てもらっても何の意味もない、占いの結論を、神様に祈り向かうきっかけとして応用しないままでは、何の意味も持たないのです。

占いの結果を聞いて、それに一喜一憂しているだけでは、全く信仰になっていないのです。神様に動いていただくことに全くつながっていかないのです。

だから、占いはダメなのです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

ワールドメイトは宗教法人なのですが、真・善・美のそれぞれが、神の現れ、三つの局面だということなのですね。この三つを考えた時に、美(芸術)が一番神に近い。二番目は善(福祉、教育、スポーツ)。真理は三番目だということなのです。

真理とは何かというと、要するに普遍性のことなのです。全てに当てはまるものを大道(だいどう)と呼び、全てに当てはまるものが何を備えているかというと、普遍性が必ず見出せるということなのです。

優先順位は、美、善、真という順番になります。

それから、ワールドメイトは「他力」を敬い、「他力」を動かすことを大切にする団体であり、この「他力」に導かれて「自力」も成長させていく、こういう考え方がその活動の基本にあるのです。

自力でやっているつもりでも他力に助けられているものであり、他力かと思ってもまず自力で努力しないと他力の助けもやってこないのです。

そうは言っても、まず他力をもたらす存在を敬い、理解していただいて、受け入れていただいて、動いていただいて、守護・導きをいただく、これがワールドメイトの活動の根本にある考え方です。

幸運・不運は、生まれた時にその8割は決まっている(国籍、性別、生まれた時代、生まれた家などの環境のこと)のですが、残り2割はいくらでも改善できるのです。どうやって改善するのかというと、善徳を積むこと・善根を為すこと、これによって得られなかったものが得られるようになり、不可能だったことが可能となるのです。実際にそうしたことが本当に起きるのですが、徳を粘り強く積んでいくと、必ずこの変化が起きるようになってきます。

幸・不幸は、結局のところ前世に自分が積んだ徳と劫、自分が生まれてきた生家の徳と劫、そして今世自分が積んできた徳と劫、この三つの範囲の徳と劫によって決まります。

ところが、こうした因果の法則を正しく知って、今の喜びと苦しみの原因がどこにあるのか、どのように対処しどのような改善策を採れば自分の運命を好転させられるのか、正しく宗教的な助言ができる占い師というのはほとんど見当たらないわけです。

それどころか、占いの技術もロクに磨いていないということも珍しくないそうです。

聞くところでは、専業でやっている人ほど、知識に貧しく技術が足りないようです。というのも、占い師を専業でやっても食っていくのにカツカツで、勉強するほうにまで費用を回す余裕がないというのがその理由の一つだそうです。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

619の続きです。寄付玉串とは料金ではありません。ですから、納める時の境地が非常に大切です。どういう心持ちでお金を扱っているのか、この点がとても大切になります。それでは玉串料・供養料の金額を決める時の目安というものはあるのでしょうか。

深見東州先生の「神霊界」には以下のように記されています。

以下引用。

「一般に、神社、仏閣や宗教団体などで、玉串料や供養料、献金を行う場合、どれくらいが適当であるかについて述べてみたい。ひと言でいえば、自分なりに『ちょっと痛いな』と感じるぐらいが適切なのである。楽すぎても、苦しすぎてもよくないのである」

「要は、いかに誠がこもるために、自分自身が真剣になれるかである。だから、『ちょっと痛い』ぐらいが適切なのである。」

「かつて、私が、ワールド・チャリティー・ファンドをつくって、チャリティ講演会をしたとき、御玉串料に一円玉が一枚ポッキリ入っていたことがある。本人にとってみれば、ジョークのつもりであろうが、その一円玉に残る気を審神してみたら、

『何をいっているのだ。気持ちさえあれば、一円だってないよりはましなのだ。気持ちなのだ。ゼロよりは一円のほうがいい。一円でもあるほうがいいと思うがいい』

というものであった。

これに対し、黄金まばゆい三千五百円があった。そのお金に残る気は、

『今、財布には四千円しか残っていないが、電車代とバス代を残せば、三千五百円を献金できる。これをさせていただこう。役立てていただこう。神様に……』

というものであった。一万円札もあった中で、この三千五百円が最高であり、一円玉を出した人の五万円ぐらいの値打ちに匹敵していたのである。」

引用おわり。

このように前向きに真心がこもる金額を無理なく出せばいいわけですね。これは人によって当然尺度が違いますし、だからこそ出せる金額も違ってきます。ですから他人と比較する必要はないのです。また、自分の真心の極まり次第で、その値打ちを五倍、十倍にすることができるのです。神様に向けて祈りを捧げながら納めることで、結局は何倍にもなって自分に返ってくることにもなるのです。

(つづく)

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寄付玉串とは料金ではありません。ですから、納める時の境地が非常に大切です。どういう心持ちでお金を扱っているのか、この点がとても大切になります。払えばいいというものではないのです。

深見東州先生の「神霊界」には以下のように記されています。

以下引用。

「誠とは、形に出して真となり、形に真がこもって誠が完成するという、日本神界の法則があることだ。だから、真に意義を見出されたときのみご参加下さい。」

「そして、その際は、ワールドメイトのためでも、深見東州や植松愛子のためにするものでもなく、神様に捧げるおつもりでしていただきたいのである。」

「そうしてなさったお金は、即座に黄金色に輝き、神霊界に貯金する御玉串になるからであります。」

「お金とは恐ろしいものだが、真に運用する心の準備と誠の道を知れば、人を動かし、物を動かし、神霊世界をも動かすものであることを知っていただきたい。」

「是非、そのようにして向かわなければ、お金が単なるお金となり、神霊的にみれば至極もったいないことであるといわざるを得ない。」

引用おわり。

ということで、御玉串は「神様に捧げるおつもりでしていただきたい」とあるのです。自分が神仏というものを本当に信じて、その神様に対してみずからの誠の想いから、自分の中の本物の信仰心から捧げた御玉串であったなら、決して後悔することはないでしょう。すべて神様にお任せいたしますから、という姿勢でお供えした御玉串であれば、返して欲しいなどということは考えつくはずがないのです。

(つづく)

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寄付玉串は喜捨するものですから、値引きなど論外なのですが、それでもいろいろな金額を見れば、高いと思ったり安いと思ったり、人によっていろいろな感想をお持ちのことと思います。また、神様事をするのにお金を取るなどおかしいと主張する方もいらっしゃいますが、これも実は一個人の欲求や要求に応えるために無料で何かをするほうがよほど歪んでいるし、無料でそうした要求に応えたからといって望ましい結果をもたらすことはないのだと知れば、自分の主張が世間知らずだとわかるはずなのです。

深見東州先生の「神霊界」には以下のように記されています。

以下、引用。

「他人様の貴重な時間をさいてもらって、一身上のことに、霊的にも現世的にも明解な答えをいただくのだから、当然、ご神霊に対しても、その人の時間拘束に対しても、充分なお金を出します。いや出させていただきます。また、除霊にしても、生涯に一度か二度のことでしょう。本当は、神徳を積む程に御魂が清浄化するので、霊障が浮き出てきます。だから、救霊は何度もやったほうがいいのです。」

「ところで、生涯に一度といえば結婚式、葬式、入学式……。結婚式、葬式なら、当然の如く、数百万円のお金を出す人が……。また、病気で入院すれば、入院費はどれだけかさみますか……。それなのに、生涯一度きりかもしれない除霊で、病気が劇的に改善し、急に家運もよくなっていながら、『除霊や相談の三万円は高い』とは、いったい人間の金銭感覚はどうなっているのですか」

引用、終わり。

何事であれ具体的な形の無いものに対して金銭を支払わねばならないという時に、「値段を安くして欲しい」、「この金額では高すぎる」と主張する人にまともな人がいた試しがありません。寄付をするのがイヤなら、受けなければいいだけのことです。誘われたからといって、無理をしてまでもその誘いに応じる必要はありません。

そもそも、寄付玉串とは何度も申し上げているように料金ではないのですから、納める時の境地がとても大切になってくるのです。どういう心持ちでお金を扱っているのか、この点がとても大切になってくるのです。

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

先日、「対価(=労力・財物などを人に提供した報酬として受け取る財産上の利益)をもらう」ということに関して、面白い話を聞きました。ネット上で見かけた話なので、もちろん既にご自身でご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、こちらでも紹介してみたいと思います。

あるところに、イラストレーターの仕事をしている男性がいました。最近、その男性のクライアントの一人が、「実際に仕事をしているところを見たい」と言ってきたのだそうで、そこでそのイラストレーターの彼は、実際に仕事場にクライアントを招き入れて、自分が描いているところを見せたそうです。

すると、そのクライアントが、「こんなに簡単に描いているならもっと安い金額でいいよね」と言い出したということなのです。どのくらいの金額を希望しているのだろうかと思ってそのイラストレーターが尋ねたところ、「一枚につき2,000円で」と言うので、イラストレーターは、「その値段ではどこへ頼みに行っても引き受けてくれるプロはいないから、自分で描いたほうが早いですよ」と返事をしたのでした。すると、「俺は絵が描けないから」とクライアントが言い返します。イラストレーターの彼は、「今は描けなくても、絵は練習すれば描けるようになりますよ」と諭すように言葉を返しました。

すると、なんということか、そのクライアントがバカなことを言うなとでも言いたげな、あきれたような表情をしながら、次のように言い返したのでした。「描けるようになるまでにどれだけの時間と労力と金がかかると思っているんだ?」

以上のようなお話しを人づてに聞いたので、ご紹介してみました。

自分が玉串を納める時に、誰に対して何のためにその金銭を納めているのか、わかっていますか?その寄付玉串はどういう意味を持つお金なのか、ちゃんと理解できていますか?

寄付玉串は料金(=物品の使用や制度の利用などに対して払う金銭)ではないので、何かに対する対価として払うものではないのです。自分から喜んで納めさせていただく喜捨(=寺社や困っている人に、進んで金品を寄付すること)なのです。

(上記の話の引用元はこちらです→ http://line.udama.jp/archives/884 )

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

あなたが寄付玉串を納めるという時に、誰に対して何のためのお金を納めているのか、理解されているでしょうか。

金銭を支払えば、それに見合った分、こちらの要求に応えてサービスを提供してくれるのは「サービス業」です。この時支払う金銭は「受講料」とか「代金」とか「利用料」といった名前で呼ばれますが、要するに料金ですね。サービスを受けて、その代償として料金を払うわけですね。

しかし宗教はサービス業ではありませんので、金銭のやりとりに料金に類するものは一切存在しません。宗教団体では神仏を崇敬し、神仏と同じ心で生きることができるよう学んで実践し、寄付(喜捨)をして、その結果として徳積み・劫祓いが可能となります。そしてそれを積み重ねていきます。この徳積みと劫祓いが長く続いていくと、いよいよ神徳・仏徳も満ちてくるところとなって、なんとなく毎日の生活において物事の歯車がうまく回るような感じになってくるのです。

会員になってすぐに証が具体的に実感できる方の多くは、ワールドメイトに入会される以前に他の宗教団体でいろいろと試行錯誤され苦労を重ねてこられた方ではないでしょうか。ワールドメイトに巡り会うまでに、徳積みと劫祓いがいくらかは済んでいるという人達でありましょう。

会員になってもなかなか証が感じられないという方とお話しすると、これまで宗教をしたことはなくて、ワールドメイトに入会して初めて「お祈り」とか「ご奉仕」といった単語を知ったとおっしゃる方が多いですね。こういう人の場合、なかなかすぐには具体的な証が出ないかもしれません。

というのも、以前から徳積み・劫祓いをなさっている方であれば、おそらく、積み上がった徳がもうコップが溢れる直前まで注がれたお水のように蓄えられていて、いよいよ入会後の体行奉仕や寄付玉串の入金などで溢れ出ることになるのでしょう。この溢れ出た部分が具体的に形を取って証となるのではないかと思います。

しかし、徳積みが始まったばかり、劫祓いが始まったばかり、こういう方であれば、コップに水を注ぎ始めたばかりということですから、コップが満ちて水が溢れ出るにはまだまだ時間と手間暇がかかるわけですね。

神徳を実感するには、徳を積む、劫を祓う、この二つをセットで同時に行っていくことがとても大切です。その具体的な方法として手っ取り早いのはやはり「物施」なのです。なぜなら、自分の時間を使い手間暇をかけて稼いだお給料、これはまさに自分の命で作ったお金であり、これを真心をもって神仏に差し出すことは、まさに命がけで信仰することになるからです。そうしたお金で徳積みをするよりもご奉仕のほうがいいという人ももちろんいらっしゃいます。体施でも
もちろん徳積みになりますよね。

しかし、やはり物施をすることができるということは、それだけ本人にすでに徳が備わっているということなのです。それだけのお金を動かすことができるからこそ、そうした金銭での寄付も可能となるわけですからね。

このお金の扱い方について、お金の支払い方について、面白い話を聞きましたのでこの後紹介してみたいと思います。

(つづく)

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今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「しかしそれは、蜘蛛の糸より太いからね。いわゆる登山ロープですから。だから、少々『来るな来るな来るな!』って言っても切れないから大丈夫ですよ。だから本当にいよいよ困った時に、地獄のような時に、上から蜘蛛の糸がお釈迦さんから来るように、北極神界、だからこれは救いの神様豊雲野之大神、これは要するにその○○○地蔵尊となるわけだから、○○○地蔵尊というのは地獄で苦しんでいる霊を自分が○○○になって焼かれてあげたり、火責め地獄、血の池地獄、いろんな地獄の中の、○○○になって苦しんであげるかわりに地獄の住人を救いたまえというのが、これが○○○地蔵尊なんですよ。○○○○焼かれてあげる、この○○○地蔵尊がここの磐梯の豊雲野之大神なんです。だから○○○地蔵尊が先祖供養にありますでしょう?ここの磐梯の神様が、豊雲野之大神が○○○地蔵尊となって地獄の住人を助けてくれる。そういう神様からのお手綱だから、地獄に落ちて苦しんでいる時に上からお手綱が降りてくるんですよ。」

「それでこう、太いからね。蜘蛛の糸じゃないからね。そのお手綱によって引っ張り上げてくれて、そこから脱却できる。これが○○○神事だということです。初めて出てくるものだからね、降ろされたものだからね。だんだんやってみないとわからないものだからね。頭で考えていないから、降ろされたものだから。地獄で苦しんでいる時にお手綱が降りてくるんですよ。」

「本当はお不動さんの右手につながっているんだけどね、そうじゃなく、救いの神磐梯山の、未申の金神さんのお手綱が降りてきて、そのお手綱を持っていると、そこから引っ張り上げられて助けられるという。地獄で仏。地獄で仏。地獄でお手綱。の救いを受けるのが○○○神事だ。悪い時。そうじゃない時は、お手綱がこう、上から引っ張っていってくれて、より優れた方向に導くということですね」

「だんだんわかってきました。初めて出されたものだから、だんだんわかってくるんだけど、頭で考えてやっていないからね、それはともかく、地獄の先祖を救ってあげないと、私もお手綱、私もお手綱って言ってくるよ。あんたお手綱の前に、豆木でもうちょっとマシなところに行って、私もお手綱、私もお手綱って聞いたらすぐ欲しがるからね。だから地獄に落ちるのよ。」

「さっき、灯籠流しで船に乗って行く時に、神事にも出たいとか言っていましたね。元会員さんの親かもしれないけどね。とにかく北極神界に行って、それから来て下さい。あっちにビデオがあったらあっちで見て下さい。」

「ということでこれから休憩をはさみまして、とりあえずちょっと鋭気を養って、この豆木の、地獄の霊を救った後のお手綱にしますので、もうお時間がなくて帰らなければいけないという人は、その現実界の仕事が大事だから。」

「帰る人は帰って、夜に、衛星で受けて下さいね。ビデオを残しておきますから。残った人で豆木を供養して、それからお手綱です。だんだんわかってきたのでだんだん。だんだんわかってきたんです。はい、それではこれでいったん休憩して、鋭気を養って、豆木の潔斎、それが終わってから、○○神事、やりますから。はい、休憩します。」

(つづく)

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今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「なんだそうだったのか、そういうことで30年目でわかったー。結局ここに来たときに上から来た磐梯の神様は、○○○神事というのは上からこういうふうに導かれながら、お手綱に引っ張られて神人合一していくということ。結局この歌の世界を見たら、どうして先生はこんなにたくさんのことができるのかというと、オペラだけに拘泥せずに、40歳から始めましたのでそれまではね、守護霊カムトゥミーは35歳の時の録音ですから、まだまだ声楽をやっていなかった時で甘いけれども、今だったらもっとうまく歌えますけれどね、でもその時は若々しい若さが声にありますね。」

「まあ、そういうことで、30年導かれていたんだ。あの○○○○の、ヨーロッパ神界の、アルプスの神様にね。30年導かれていたんだ。磐梯神業に35歳の時に行ったのはそういうことか。ヨーロッパ神界を開きながら、仙台の神仙界を開くというのが同時に行われていたんですね。」

「そして、また新しいものが降りているんです。そこが開いてハノーヴァーに降りているんだけれども、ハノーヴァーにどこから降りてくるのかというと、やっぱりアルプス連峰の、スイスの、スイス連峰のここのス神、日本のアルプスと一緒ですよ。」

「まあちょっと予定をこれから考えますけど、みなさんアルプスに行きたいと思いませんか。新しいものが待っているんです。新しいものが待っている。そこを開くとまた、これから先の大きな展開が待っていて、三億年に一回という大きな神霊界の転換期が来ているので、ヨーロッパの大きな転換期のところを開けるので、30年経って初めてわかったんですよね。すごいと思いませんか。」

「そのことがもうずーっと30年の間が、ここの磐梯に居て、まさか磐梯山と○○○○とがつながっているとはね。しかしここは北極神界が出ているわけだから、いわゆる北極神界のヨーロッパ神界バージョンですからね。なるほどそういうことでつながっているのか、ということでね、ちょっとしばらく休憩して、みなさんも。お手洗いに行って、とにかく鋭気を養わないとこの、それをまず皆さんにお伝えしないといけないのでね」

「○○○神事というのは、上から降りてくる神人合一の道、引っ張っていってくれるんですよ。あとはもう一個ね、あの芥川龍之介の『蜘蛛の糸』ってあるでしょう。カンダタというこの悪人が、悪いことばっかりしていたのですが、ひとつ功徳を積んだことがあって、蜘蛛を助けたね。蜘蛛を助けたという功徳で、地獄に落ちた時に蜘蛛の糸が垂れてきて、お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らして、そのままいけば助かったのに、下から地獄の住人が蜘蛛の糸にすがって昇ってくるのを見て『おまえらあっち行けあっち行け』と言ったらプツッと切れてしまって、あの時に、『お前らもおいでよ。切れた時は切れた時のことじゃ、お前らもおいで』と言っていれば、おそらく蜘蛛の糸が『鋼の糸』になったかもしれない。そういう感じで本当に困った時に、地獄で仏みたいに、上からお手綱が降りてくるんですよ。」

(つづく)

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今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「みんなオリンピックを目指して、メダルを取ったのは偉いね、あれ見たら、日本の国体なんか楽なもんでしょう。地元のサッカーチームの監督になれますよ、みんなね金メダリストは。地元の体操の教室をやるときにでも、金メダル、行きたいと思いませんか、内村航平体操ジム、行ってみたいと思いませんか。白井体操ジム、行ってみたいと思いませんか。オリンピックで総合金メダルを取った人が開いた体操ジムって、行ってみたいと思いませんか。」

「オリンピックを目指していたけど、国体は出ましたけど、取れませんでしたメダルは、という人が開くスポーツジムに行く気しますか。ま、基本的なことは教えてくれるだろうけれども、よく頑張ってその先生なのかと思うじゃないですか。そういうものですよ」

「だから若い間は、そこまで極めていくということが大事なんで、広めるより前にまず勉強です。人々に広めるより前に、まず勉強勉強と言って、歳取って広める前に死んでしまったら意味ないですよ。広めながら勉強、広めながら勉強、広めながら勉強です。勉強しながら広めてまたさらに、常に勉強と、最高峰を目指していく、学習と勉強会得体得があってみんなにも広める。広めながらまた勉強して最高峰を目指す。これを、上に行くのと横に行くのと、上に行くのと横に行くのと、上に行くのと横に行くのと、縦と横と、やっぱり十字に組まないといけないわけですよ」

「そういうふうな背景を説明して、先生が今どうして時計時計と言うのか、どうしてそのようなオペラをやったのか、30年前にどうしてアルプスの、○○○○の、スイス、スの椅子のあるスイスの神様がそういうふうにピアノで出てきたのかっていうのは、ものすごい長い30年のスパンの仕組だったんだということが、この磐梯のテントの中で、雨と嵐のね、風がきつくてね、寒くて隙間風が入ってきて、テントがバタバタうるさくてね、しばってとめたんですね。」

「そのぶんだけここの神様といっぱいお話しできて、そのことがわかった。磐梯神業が終わった10年目に、ここの神様が○○○○の神様、だからここのセンムトの御魂が○○○○の上にいるスイスのスの神様と同じ神様だったからですよ。アンドロメダの主宰神だったんです。」

「そういうことで私は導かれていたんだ、25歳から35歳までは磐梯の仕組でここで育てられて、神人合一の神法、そして30年、35歳から65歳まで、ヨーロッパ芸術の音楽、もちろんそれ以外のものが、私は導かれていたんだなあと。それで神様に感謝しまして、これからまた未来が、新しいものが出ているから、今度はみんなで○○○○びらき、どこかでみんなツェルマットでスイスフォンデュを食べながら、日頃の行いが悪い人がいなければ、まだ晴れて、もう本当にみんなに見せたいよ、360度全部山、それら全部が部下のエンゼルみたいで、それでドーンとこのピラミッドのように○○○○があって、それで神様が座っている。あの時は顔が見えなかったけれども、30年ぶりに顔が見えました。私の顔でした。」

(つづく)

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今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「聞くけれども、ワーグナーのオペラ、神々のたそがれでも、ワルキューレにしてみても、主役は6時間、本番6時間、舞台で歌いっぱなしなんですよ。もちろん出たり入ったり出たり入ったり。主役は6時間、出たり入ったり出たり入ったりして舞台で歌いっぱなしなんですよ。武道館はたかだか3時間半じゃないですか。一日2時間しか歌わないような歌手が、本番6時間のワーグナーなんか歌えるのか、ということですよ。歌えるわけないですよ。そういう人達はそういう時間が歌えるような歌唱テクニックと持って行き方と訓練を積んでいるわけです。声帯が強いというよりは、声帯に負担をかけないテクニックがあるわけです。」

「それから、ロッシーニのオペラのフランス語の、ウィリアムテルというオペラは、ウィリアムテルの序曲で出てきた有名なテレビが、ローンレンジャー、昔ありましたね。これは序曲なんですね。あのオペラは、フランス語で5時間、主役は5時間、フランス語のオペラをずっと歌っている。」

「私の先生のグレッグ先生は、それで、もとの主役の人が、到底できないといって降りてしまったので、いきなり言われて2週間で本番をやりきったので、世界的に評価されたのがデビューだったのですね。コベントガーデンで。それがグレッグ先生。5時間歌っているんですから主役が。武道館で3時間半なんてどうってことはないそんなのは。一日2時間しか歌わない日本のオペラ歌手が、歌えるでしょうか5時間。主役で。だから、ヨーロッパのオペラ歌手の基準と日本のオペラ歌手の水準、その基準から見れば、3時間半武道館で歌っても、ジャズを4時間歌っても、そして皆さんの前でマイクロフォンを取って4時間半話をしてもどうってことないじゃないですか」

「基準値が違うんですね。最高のものを目指してやっていたからこそ、そうではない一般的なものは楽にできるわけですよ。音楽でもそうですし、絵でもそうですし、書でもそうですし、文芸でももちろんそうです。だから優しいものに、こんなものでいいわということで満足していたらね、それをリードする、それを提供する、それでみんなが納得するビジネスをするということはできないんです」

「常に高いもの、常により次元の高いものに常に挑戦して勉強して体得会得していくというのでないと、普通のビジネス普通の仕事普通の芸術普通のスポーツでもね、やっぱり一個二個頭が超えた優れたリーダー、優れたビジネス、優れたスポーツマン、優れた芸術家、プロフェッショナルになれませんよ」

(つづく)

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今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「ビジネスもそうなんです。もちろん御神業も、政治も、全部そうですよ。」

「そういうことで、ハイエク会長みたいに、スウォッチグループの時には、だからその釣りの時も最後には結局音大受験があったみたいに、この時計も、結論が意外なところに行くかもしれない。でも今はずーっと寝ても醒めても時計のことが浮かんでくるんで、神の思し召し、行くところまで行ってしまうと。」

「ある時に、なるほど、と神様が言うような、こっちにカーンと玉を投げて、コーンと当たってこっちに行って、こっちに行ってこっちに入れるという。これを玉撞き方式という神様というのは。」

「釣りに行って釣りに行って釣りに行って北から北海道からオーストラリアからハワイに釣りに行って結局トカラ列島の黄金のカンパチは釣れなかったんですけどね。音大受験するんだという揺るぎない確信が釣れた。」

「そういう御神業というのはそういうふうにもっていくので、神様に運ばれるまま運ばれていったらいいんですよ。神様に導かれるまま導かれていって、ちゃんと導いて下さっているから、でもよく見たら結局は、アルプスの○○○○のあのスの神様が30年かけて、こういうふうに音楽を自由自在にできるように、導いて下さったんだなと。30年かけて、ようやくシンガーソングライターとして、音楽も詞も全部作って、編曲もね、外部にもいろいろとお願いしていますけれども、最終的にどうなのかというのはクラシックのそれだけの音楽理論全部を勉強して、それだけの難曲をやりこなしてきているから、難しい楽譜とイタリア語を全部読みこなして、暗譜して歌っているんですから。本番なんか2時間、3時間は歌いっぱなしだからね。武道館で3時間半くらいはどうってことないことですよ、オペラ歌手にとってはね。自分の好きな音域で設定できるから。オペラはその音域を歌わなければいけないからね。それから見ればどうってことないことなんですけれども、普通の歌手は、驚嘆のまなざしですよ。」

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「その人が、時計におった人なんで、倉本選手にそっくりなんですね顔が。どっちが本物、どっちが雛形か知らんけどね。その人がね、『ハイエク会長は、深見先生みたいに、全部、何千個という時計を全部、ブランドを買って自分で、それで右腕に6個、左腕に6個つけて、毎日毎日時計を12本つけて、毎日毎日寝て起きて暮らしていた』ということなんですよ。それだけ時計が好きだから、それだけの事業が結局成功したわけ。やっぱりどっぷりつかって、愛して、つかって、本当にどうなのかっていう、ブランドごとの最高のものをわかって初めて、普通のみんなが好きなやつも良さがわかるわけで、そういうなものをヒントにして作っていますね、あのお手頃のものはみんなね。」

「だから、オペラも、最高峰のオペラを、音楽理論を究めて、最高峰のオペラを、ナブッコ、ファルスタッフ、リゴレットといったものの主役をやっていて、そしてジャズを歌うわけです。そしてポップスを歌うわけです。そしてシンガーソングライターをやったら、誰にも負けませんよ。圧倒的にNO.1ですよ。」

「その理論と同じです。最高のものをまず体験し体得して、身につけてどっぷりつかってね、そこからみんなが親しむようなものに、それだけの広い知識と経験と咀嚼力とね、身についているもの、初めてみんなが欲しいものが、どこがどのようにどう素晴らしいかがわかる。この音楽の時と同じなんです時計もね。」

「だから、菱研の皆さんも、自分が経験してどっぷりつかって経験して、微妙な感覚というものをわからないものを事業でしたらみなうまく行かない。人がいいとか悪いとか、売れるとか売れないとか、幸せとか喜ぶというのは非常に繊細なものでね、非常に繊細に細やかにちょっとしたことがすべてなんですよ」

「わかるでしょう、ざるそば食べて。あのちょっとしたことすべてにこだわったあのざるそばが。どこで食べるざるそばより美味しいと思いません?こりゃもうセブンイレブンが逆立ちしても、われわれの生活文化のざるそばには勝てないと思いませんか?細かいことのこだわりが全てなんですよ、料理というのはね。」

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「しかしこれなんでこんなことするのか、よく分からないことをやっているんですよ。何かあるなということはわかるんだけどね、ま、しかしそういうふうなことは、最終的には宗教家として、今までなかった画期的なことなんです。どこの宗教の教祖さんが歴史の中で、神道系で宗教法人の教祖さんでね、時計のビジネス、まあ予備校をやるのもないけど、まあ弘法大師さんは綜芸種智院という日本最初の学校を作りましたよ。それが綜芸種智院という学校が日本最古の学校です。空海が、弘法大師さんが作った学校ですよ。予備校といっても空海が先にやっていたわけですが、時計はやっていませんね。」

「今回も、ローンチパーティをやった時は(2016年)6月10日で『時の記念日』だったんですね。偶然ですよ、その日しかないと思って。」

「だから今は経済の時代、民主主義の時代、国際主義の時代ですから、皆インターナショナルなグローバルな眼で世界が進んでいっている、民主主義的なやり方でやっている、自由経済の時代ですから。」

「だから、菊理姫は、経済の神としても出ているわけです。白龍神もそうです。経済の、自由経済の時代、民主主義の時代、国際主義の時代だからこういうふうに、時代を反映し、そして時代を超えた普遍性のある、今に生きる宗教家の像として、神様が出されているわけです。」

「仕組のことを祈ると時計のことが浮かんでくる、御神業のことを祈ると時計のことが浮かんでくるんです。時計よりも先祖供養と言っても、『わかった』と言って時計のことが浮かんでくるんですよ。それで時計のことをやったら、今度は先祖のことが浮かんでくるんですよ。」

「だから、同時並行ですよ。全部同時並行。今、暇があったらずーっと時計の雑誌ばっかり読んで、わずか二ヵ月三ヵ月でどのプロよりも詳しくなるようにね」

「聞いたら、そのスウォッチグループのルーツのハイエクさんというのは、今ハイエクグループというのがあって、スウォッチグループというのは、スウォッチ、ロンジン、ドランパン、ブレゲ、みなスウォッチグループがあるね。」

「それを作ったハイエクさんというのは私に似ていて、すべての時計を全部自分で金を出して買って、右腕に6個、左腕に6個と12個時計をつけてね、ハイエクさん、ハイエクセンターというのが今銀座にありますし。スウォッチグループ、それからリシュモングループ、それからルイヴィトングループね、今度はメッツという新しいグループがあるんで。」

「そういうグループには属していないですね、パテークフィリップとオーデマピゲはね。ウブロは属していますけどね。」

「そういうことで、5大ブランド、7大ブランド、10大ブランド、みんな全部買って、その人達は、そのスウォッチグループのオーナーは全部買ったんですって。それで、右腕に6個、左腕に6個、12個の時計を毎日ながめてずーっときて、私もそうですよ、『スウォッチグループのハイエクさんに似ていますね先生は』とうちの時計部門の顧問のね、スウォッチグループにいた人です」

「ティソの、グランドマネージャーだった人で、69歳ですけどね。少林寺拳法をやって、古武道をやってね、國學院大学を出てね、そのお父さんというのはカリスマ的な人でね、そのお父さんがなんか宇宙と一体となっている時に90何歳で死んで、園田天光光さんが亡くなる前に、『私、宇宙力でね、蘇りましたのよ』って言って、宇宙力で蘇らせたのはその、○○さんのお父さんなんですね。それがもう『こんな長生きばかりしてもしょうがないからいい加減にしろ』といってそれで死んでいったんですって。90何歳で、仙人みたいな人ですよ」

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「古い会員さんならスゴいと思うでしょう?新しい会員さんが、『ふーん、よくわからんけれどもなんかすごそうだ』、まあぼちぼちわかってくれたらいいんで。まあそういうことだったんですよ」

「だから、スイスの、アルプス連峰が動き、主宰神の○○○○の神様が動いているんで、新しいものが動こうとしているので、そういうものの天啓を受けた人が、スイスの天才プレゲであり、フランクミュラーであり、リシャールミルであり、そしてパルミジャーニ、みな若き天才、パルミジャーニなんかまだ二十年ですから、フランクミュラーもまあ三十年くらいで、もちろんリシャールミルという人は、時計師じゃなくて、オーガナイザーのコンセプターですからね。」

「それが今本当に日本に来ていて、ヨーロッパ経済が下向きになってきているので、中国経済も下向きで、日本だけが上向こうというところなんで、いっぱいスイスの人が来ているんですけど、どうしてこんなんなのかな、理屈を超えて、釣りばっかりやっていた時はずーっと一年、二年と続いたんで、これも理由があると思うんですね。お祈りしてもお祈りしても、まずそのことばかり浮かんでくるから、意味がありますよ。まあ途中経過からわかった意味は、来年、○○○○を開くという。釣りの結論は『音大受験して行く!』というために、『そこまでやりますか、神様、音大受験するために!』『ここまで引っ張らなかったら、お前途中で、44歳からゼロから音楽理論を勉強して音大に行って修士号を取るところまで行けたのか?』『いや行けませんでしたすいません』その腰のタメがあるから揺るぎないものになっていくわけなんで、そのことは一体何の意味かわからないんだけれども、ずーっと一年、二年、なんでこうなんだ、なんでこうなんだと言って、二年間、三年間かけた問答ですよ。それで、『なるほどー!』とわかったら揺るぎないよね、次ね。しかしその奥には、35歳で私がピアノを始めた時に、グランドピアノが流れてきた、音楽が流れてきた、グランドピアノが流れてきた、最後に、タキシードを着た人の顔をみたら、私が弾いていた、それは○○○○の神様だったんですね。私と同じ顔です。私の御魂の根源のまあ、ものすごい昔の△△△でしょうけどね。私の顔なんですよ。『ああ、』だからもちろん銀河系の菊理姫は植松先生の顔ですから。あの顔なんです。植松先生に初めてお会いした時、42歳だったけど、まおそらく20代前後の植松先生の顔でしょうな。その時ピアノを弾いていたのは、40歳前後ぐらいの私の顔でしたけどね。若い顔でした。にこにこっとしてピアノを弾いているんですよ、タキシードを着て。私の顔をした人が先にピアノを弾いているから、それからピアノを習い始めたんですからね。不思議な話でしょう?でも結局はそれから今、始まって三十年かけて、いつの間にかオペラ歌手になり、ジャズでも何でも歌える。クラッシックのそんな難しいの、全部読めて、暗譜して歌いましたから、イタリア語。ジャズみたいのは、フェイクと、裏拍がわかればいいんで、なんでも歌えますよ。ジャズもできればポップスもできれば、シンガーソングライターも何でもできるんだもの、最高峰の音楽理論と最高に難しいやつをやっているからできる。今も時計も最高峰のものを集めているけれども、それらも全部身銭切って買って楽しんで、もちろんオペラも身銭切って全部ね、組織ですけど、身銭切って買って楽しんで、会得・体得して、初めて、安い時計でも、みんなが手が届くようなものを、まあね、フランクミューラーが欲しいんだけれども、何百万円もしてなかなか高い、買えないんで、8万とか10万の、ロベルトカヴァリ・バイ・フランクミューラー、工場で作っていますから、いいねっていうことで今ね、アジアナンバー1になりました、私の会社がね」

(つづく)

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ワールドメイトは、深見東州先生をリーダーとする宗教法人です。また、深見東州先生は半田晴久のお名前で様々な創作活動・福祉活動をしておられます。

今年2016年、8月18日早朝に行われた、灯籠流しの際の深見東州先生のお話しから、さらに続きをご紹介いたします。

以下、当日のお話しから------------------------

「だからこんなにスイスの時計の話ばっかりなんて、何かあるな何かあるなと思うんで、異様なぐらいに、だから本当にスイスの人達と仲良くなって、顧客となって時計も買うけれども、総輸入元でやっているのは香港で、ロベルトカヴァリ、リーチ、ロシャスですけど、これみんな社長さんは、スイスのドイツ系スイス人なのね、もう一人のキャンディタイムというのは、ニューヨークというんだけれども本社は香港にあって、そこの社長はドイツ人なんですね。だからまあ、それも、結局、皆スイスの人です。だからなんでこんなスイスというのは、また三十年ぶりに新しいものが、要するに、アルプス連峰の、スイスの、○○○○のそこに、三億年に一回の神霊空間の変換庫があるんで、今ヨーロッパが混沌としているでしょう?イギリスがEUから離脱したり、だからそれはEUが政治も含めてこれからの、以降のあれはですね、新しいものが降りているからね、三十年ぶりに、だから三十年前、35歳の時に行きましたから。三十年ぶりにですよ、来年は、節分以降、このアルプス連峰スイス○○○○開きに行くと。すごいと思いませんか。だから目の前にずっと○○○○があったんです。私の顔をしている座っている神様が、こちらを『ふん?』と見て、こっちも『ふん?』と見て、『あの、灯籠流しをしなければいけないんですけど』『いつまでも○○○○とお話ししたいけれども、豆木の地獄の先祖もすくわなきゃいかんのでね』と言って、笑って、『大変だなあ、またなー』と言って、しゅうーと○○○○が消えていった」

「なんでこの磐梯山に○○○○の神が来るんですか、磐梯神業が十年たった時に、ここの神様が○○○○の神様とつながって、だから同じ顔をしているんですよ。ここのセンムトと元はアルプス連峰の○○○○の神様がエジプトのハトホル神、これが要するにカシオペア星座からの神様がハトホル神で、それが□□□□□となって、そこの二十個くらい大臣を兼ねておったセンムトが、実はアンドロメダ星雲から来た神様で、ヨーロッパ神界の主宰神で、それがエジプトで、要するにハトシェプスト女王にお仕えしていて、そのセンムトがここに鎮もっているのが、磐梯の神様、私の△△△です」

「それが紀元前1700年前の話ね。□□に鎮もったのがハトシェプスト女王です。それが古代□□王朝。その元はカシオペア星座。センムトの磐梯の神様は、元はアンドロメダ星雲の主宰神なんです。それが人間の姿となってずっと修行しておった」

「まあそういうことで、アンドロメダ系が国常立之神様の系統と同じで、ヨーロッパ神界とこの地の現実界のエホバの神・ヤーヴェの神・ゼウスの神になっている国常立さんになり、カシオペア星座というのが、女神で、結局**星となり、そして仕組みの姫神のもとになっている、これが植松先生の御魂の系統です」

「そのようなことは、古い会員さんならわかるけど、新しい会員さんは何のことかよくわからんかもしれんけど、そういう人達に向けて解説していると、明日の朝になってしまうからね。まあ要するにそういうことですよ」

「そうことをこの嵐と風と雨の間中、テントの外に出ることもできないんで、ずーっと神様にお祈りしていた時に、だんだんだんだん、上からパイプが降りてきて、だんだんだんだんそういうことがわかってきたね」

(つづく)

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